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その他雑感

2010年3月 5日 (金)

INCOMPLETE COMBUSTION

最近何かとバタバタ忙しい割には完全な?不完全燃焼。とにかく動き出そう!という訳で全くノープランのままとりあえず新たなベースを作ってしまいました。まずは見た目だけでもと。何かご用命があれば、何なりと!

2010年1月20日 (水)

異国散策

どちらかといえばテレビ好きかもしれません。ただ、毎週必ず見るといったテレビ番組は特にありません。子供が寝るまでは子供優先の番組、寝てからはお笑いであったり、ニュース、映画、たまにドラマといったような感じです。

しかし最近お気に入りの番組があります。金曜日の夜NHKで10時から放映されている”世界ふれあい街歩き”という番組です。今回はアジアの小さな町を、次回はヨーロッパ、アメリカと何の脈略もなく、ひとつの街の路地をひたすら歩くといった番組です。もちろんレポーターなんていません。すれ違った人に”こんにちは。何をしているところですか。”なんて声をかけるぐらい。グルメレポートもお買い物ツアーなんてものも当然ありません。タイトルどおり本当に自然にその街の人々とふれあい、その街を散策するといった静かーな番組なのです。また、金曜日の夜という放映時間が実に心地いい。週末の休日をひかえた、ほっとした夜。現実を離れ(決して現実逃避したい訳ではありません!)手軽に海外へ。至福のひと時です。知らない、行った事のない街はもちろん、知っている街が紹介されれば一転、大興奮です。

昨年暮れ、以前にも書いたアメリカの中でも一番好きな街シアトルが番組で紹介されました。バラードからウッドランドパーク、フリーモントへ。次はどっちに曲がって、あの店の前を通って、おお!トロールか。みたいにわくわくしながら。あえて観光地をはずした粋な選択。そして最後は。。結婚式をあげた思い出のガスワークスパーク!もう感動ひとしきりです。他のテレビ番組では得られない満足感を味わう事が出来ました。

過去にはルート66を4週にわたって放映した特集もあったようです。(アンコール放送に期待!)アメリカに買い付けに行っても、ほとんど観光をした事がなく、どちらかといえばぶらぶら散策好きな私にとっては本当に格好の番組です。

2007年9月16日 (日)

おじいちゃん、おばあちゃん

ネットで拾ったコピペひとつ。

私が15歳の1月。受験を目の前にして、深夜から朝まで受験勉強をしていたとき。机の上においてあった参考書が触ってないのに急に落ちた。溜息をついてそれを拾いに机の下にもぐったとき、それが起こった。

1995年1月17日5時47分。
私の住んでいた地方は戦後最大の地震に襲われた。
ものすごい地響きといろんなものが壊れる音を机の下で聞いていた。
しばらくして揺れが収まり、机から這い出すと机の向かいにあった窓ガラスが椅子の背もたれに刺さり、机の上はガラスと倒れてきた本棚でぐちゃぐちゃだった。わたしは拾った参考書をみて驚いた。

参考書だと思っていた本は、祖父母に前日買ってもらったばかりの日記帳。
鍵付きで革張りの、ちょっと高価なものがクラスで流行っていて、 私も例に漏れず欲しくなり (今となってはどうして欲しかったのかもわからないけど) 買ってもらったものだった。
「あれ?」とおもって中を開くと、最初のページに 「生きていることをただ感謝し、毎日を大事にせよ」と僧侶だった祖父の達筆な言葉が書かれていた。

はっと我に返ったとき、母が血相を変えて私の部屋に来た。
机の下で丸まっている私を見て、無事な姿に大泣きしていた。

その2時間後。祖父母が地震で亡くなったと叔父からやっと連絡があった。
ところが、亡くなっていたのは布団の上ではなく、二人とも本堂の仏さまの前だったと言う。

後から聴いた話で、祖父母は、受験前の私のために、毎日朝5時半ごろから仏様に読経をしてくださっていたのだ。
あの日記帳を落としてくれたのは、祖父母だったのではないかとおもえてなりません。

そのことがあって、私は受験高校を変更、現在は看護婦をしている。
生きていることを感謝し、毎日を大事にしたい。

日記という名の手紙を毎日日記帳につづり、祖父母に供えて手をあわせています。今年で8冊目。

To be continued.

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2007年9月14日 (金)

娘から父へ

ネットで拾ったコピペひとつ

32歳♂です。
2年前に独立したが一人で仕事を進めていくのはなかなか大変で、毎晩家に帰るのは夜11時以降。休みも接待やらなんやらで殆ど外出。
半年振りに昼過ぎに家に帰ったら、4歳になる娘が「今日は私がごはん作ってあげる!」とおおはしゃぎ。

妻と娘が作ってくれたのはオムレツ。ケチャップでウサギの絵が書いてあった。 「おぉ、うまそうだな!」と言いつつ、一口食べた瞬間、娘が泣き出した。
俺はてっきり、ケチャップのウサギの絵を崩してしまったからだと思い娘に「ゴメンね」と言ったら、彼女は首を横にふりながら

「お母さんの手伝いをしてる間に料理が作れるようになった。いつもパパに食べてもらおうと思ってたけど、パパはいつもおうちにいなくて、料理を 作ってあげられなかった。やっとパパに私の料理を食べてもらえた」

と言って泣き続けた。娘の優しさに、俺も妻も涙が止まらなくなった。 仕事のためと言いつつ、娘に寂しい思いをさせ続けた俺自身がはずかしい。
これからはもっともっと娘のそばにいてやろう。

To be continued.

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2007年9月 1日 (土)

子供たちへ

ネットで拾ったコピペひとつ。

おまいがお腹に宿った事
おまいが生まれた事
おまいが笑った事
おまいが泣いた事
おまいがはじめてハイハイした事
おまいがはじめてママと呼んだ事
おまいにはじめて歯がはえてきた事
おまいがはじめて立った事
おまいがはじめて歩いた事
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
全部親孝行だ。

To be continued.

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2007年8月13日 (月)

ネットで拾ったコピペひとつ。

一昨日、結婚式だった。
新居がまだ未完成のためしばらくは嫁とは別居。

昨日一人で自宅に戻ると、親父が一人で酒を飲んでいた。
「お疲れ様。昨日はありがとう。」とオレが言うと、オヤジは無言で立って、
冷蔵庫からスパークリングワインを一本持ってきた。
無言の乾杯。オレもオヤジも一口飲んでグラスを置いた。
オヤジがしみじみと、「お前の結婚を見届けて、一仕事終わった気分だ」と一言。
すると、しばらくしてオヤジは突然ボロボロと涙を流しだした。

オレは小さい頃、足の病気のため3歳の頃から4年間ほど義足生活をしていた。
原因不明の病気だったそうで、あちこちの医者を駆けずり回ってくれたらしい。
歩けないオレをおぶって、毎日のように病院へ通った日々。
一生義足で暮らさなくてはいけないかもしれない。そう言われたこともあったという。
神社で式を挙げている時、その想い出がよみがえって、涙をこらえるのに必死だったそうだ。

泣き止んだオヤジが、またオレのグラスに酒を注ぎながら、
「これでもうオレがしてやれることはない。これからはお前が嫁さんと子供に自分の責任を果たす番だ。」と言った。
「ありがとう。頑張るよ。」と答えた。
初めてオヤジに、心から「ありがとう」と言えた気がする。

新居に引っ越すまでのあと3週間、出来るだけ毎日オヤジと酒を飲もう。
今日はオヤジの大好きな芋焼酎を買って帰るか。

To be continued.

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2007年8月 3日 (金)

コロナ

ネットで拾ったコピペひとつ。

おれが8歳だったころ、日曜日に父がおれを、買ったばかりの白いコロナで買い物に 連れて行ってくれた。おれは野球板を買ってもらって(年がばれる・・・)大喜びしていたんだけど、父にはもうひとつの目的があった。

その年、おれの両親は結婚10周年を迎えていたんだ。父はいわゆる猛烈サラリーマンであまり家にいなかったから、おれはむしろ、母との結びつきを強く感じながら育った。だからその日も、車の助手席に乗っていてなんだかちょっとだけ居心地が悪かった 印象がある。

父は、ケーキを作るための材料をたくさん買った。そして家に帰って、本を読みながら、父とおれは二人で一生懸命ケーキを作った。何回やってもダマダマになってしまって、どうやっても母が作るみたいなおいしいケーキはできなかった。

ようやくできたケーキをコロナの後部座席に乗せる。父はアクセルもブレーキも静かに静かに踏んで、病院に向かう。母はそのとき、おれの妹になるはずだった子供を流産した後の経過が悪く、入院していたんだ。

病室の母にケーキを届けると、母はとても喜んでくれた。すごく嬉しい。こんなにたくさん、とても一度に食べきれないよ。だから、今、一緒に食べよう。でもね、隣のベッドの患者さんは、誰も身寄りがない人なの(そのときはちょうどいなかった)。だから、三人で車のなかで 食べようよ。

最初は父が助手席に座って、母とおれは後部座席に座った。だけど、お父さんだけ前じゃ寂しいよって母が言って、おれたちは後ろの座席に三人並んでケーキを食べた。肘が当たったりして 窮屈だったけど、父も母もおれもいっぱい笑って、すごく楽しかったんだ。

母の病状は、それからしばらくして回復した。

それから13年後、おれの家にはまだそのコロナがあった。あの日以来、父は家族三人をたくさん ドライブに連れて行ってくれるようになった。免許を取ったおれが初めて運転したのもそのコロナだった。

17万キロを走ったコロナは、駐車場が露天だったせいもあって錆がひどく、室内の雨漏りも するようになっていたので、父も買い替えを決断した。

新しい車が来る日、おれが昼近くになって起きると、台所で父と母が二人で何か作っていた。 寝ぼけ眼のおれだったが、すでにだいぶ前から、家族の中で一番力が強いのはおれになって いたから、母は迷うことなくおれに泡立て器を持たせた。

そして、あの日と同じように、三人でコロナの後部座席に並んで座って、ケーキを食べた。 ケーキを口にした瞬間、いろんな思い出が走馬灯のようにおれの脳裏をよぎって、涙があふれた。 母は子供みたいに声を出して泣いた。父はずっと窓の外ばかり見ていた。

To be continued.

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2007年7月27日 (金)

妻から夫へ

ネットで拾ったコピペひとつ。

どうして私がいつもダイエットしてる時に(・∀・)ニヤニヤと見つめやがりますか (゚Д゚)ゴルァ!
どうして私が悪いのにケンカになると先に謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしてお小遣減らしたのに文句一つ言いませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして交代でやる約束した洗濯をし忘れたのに怒りませんか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして子供が出来ないのは私のせいなのに謝りますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして自分が体調悪い時は大丈夫だと私を突き放して私が倒れると会社休んでまで看病しますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして妻の私に心配掛けたくなかったからと病気の事を隠しますか(゚Д゚)ゴルァ!
おまけにもって半年とはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
長期出張だと嘘言って知らない間に手術受けて助からないとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で俺の事は忘れていい男見つけろとはどう言う事ですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちの気持ちは無視ですか(゚Д゚)ゴルァ!
正直、あんた以上のお人よしで優しい男なんか居ませんよ(゚Д゚)ゴルァ!
それと私みたいな女嫁にすんのはあんた位ですよ(゚Д゚)ゴルァ!

もう一つ言い忘れてましたが私、お腹に赤ちゃん出来たんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
あんたの子供なのに何で生きられないのですか(゚Д゚)ゴルァ!
そんな状態じゃ言い出せ無いじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
それでも言わない訳にはいかないから思い切って言ったら大喜びで私を抱きしめますか(゚Д゚)ゴルァ!
生まれる頃にはあんたはこの世にいないんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な子だといいなぁってあんた自分の事は蔑ろですか(゚Д゚)ゴルァ!
病院で周りの患者さんや看護婦さんに何自慢してやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
病気で苦しいはずなのに何で姓名判断の本で名前を考えてやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうして側に居てあげたいのに一人の身体じゃ無いんだからと家に帰そうとしますか(゚Д゚)ゴルァ!
どうしていつも自分の事は二の次何ですか(゚Д゚)ゴルァ!

医者からいよいよダメだと言われ泣いてる私に大丈夫だよとバレバレの慰めを言いますか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちはあんたとこれからも生きて行きたいんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
それがもうすぐ終わってしまうんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
バカやって泣きそうな私を包んでくれるあんたが居なくなるんですよ(゚Д゚)ゴルァ!
忘れろと言われても忘れられる訳ないでしょ(゚Д゚)ゴルァ!
死ぬ一週間前に俺みたいな奴と一緒になってくれてありがとなですか、そうですか(゚Д゚)ゴルァ!
こっちがお礼を言わないといけないのに何も言えず泣いちまったじゃないですか(゚Д゚)ゴルァ!
あんなに苦しそうだったのに最後は私の手を握りしめて逝きやがりましたね(゚Д゚)ゴルァ!
何で死に顔まで微笑みやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!(゚Д゚)ゴルァ!
そんなのは良いから起きて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
生まれてくる子供を抱いて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
子供に微笑みかけて下さい(゚Д゚)ゴルァ!
たのむから神様何とかして下さい(゚Д゚)ゴルァ!

ダメ女な私にこの先一人で子供を育てろと言いやがりますか(゚Д゚)ゴルァ!
そんなあんたが死んで5ヶ月...
子供が生まれましたよ(゚Д゚)ゴルァ!
元気な女の子ですよ(゚Д゚)ゴルァ!
目元はあんたにそっくりですよ(゚Д゚)ゴルァ!
どこかで見てますか(゚Д゚)ゴルァ!
私はこの子と何とか生きてますよ(゚Д゚)ゴルァ!

あんたも遠くから見守って居てください。

To be continued.

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2007年7月14日 (土)

ネットで拾ったコピペ2つ。

実家を遠く離れて働いてる。
まとまった休みも取れず、金銭的にも余裕がないので
なかなか帰省出来ない。
お盆休みなどないと何度も言ってるのに
実家に電話する度にいつ帰って来られるのか聞かれ、イライラしていた。
先日、母に「今日はアイスが4割引だったから買ってきたよ。あんたが帰って来たら食べると思って。」と言われ、電話を切って泣いた。
お金はないけどアイスぐらい自分で買える。
アイスのためにわざわざ帰るわけがない。
母だってそんなこと、よく分かってるはず。
それでも、もしも娘が帰って来たら 食べさせられると
山のようにアイスを買って、帰るあてもない 。
私を待つ母の姿をひとりで勝手に想像して泣いた。
自分がなんて親不孝かと思い知らされてまた泣いた。



昨日、誕生日だったんだけど朝、母親に何も言われなかった。毎年母親は誕生日の朝に「おめでとう」って
言って祝ってくれたから少し淋しくなった。
夕方、母が家に帰ってきて私の部屋に入ってきたので、今度こそ「おめでとう」って言ってもらえると思って喜んでたが、母が勤めている会社が倒産することになったことを涙ながら知らせられた。
私も一緒に泣いてしまった。
夜は約束があったので少し外出して帰ってきたら
部屋に置き手紙があった。
『○○へ
 誕生日おめでとう。
 ごめんね。今日一日色々な事があって 何もできなくてすみません。』
もう誕生日なんてどうでもよくなって泣いてしまった。


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2007年7月 7日 (土)

スタンダード2

先日”バサラ”というチームに所属しておられる大西さんが仕事の合間にペニーズバーガーを食べに来てくださいました。待兼山からのお客さんで、ここ渋谷に移転してきた時も井上さんをはじめチームの方々とヴィンテージのハーレーに乗って駆けつけてくださり、その爆音に多くの近所の人たちが窓やベランダから”何事!?”みたいな顔で覗いていたのを今でもはっきり覚えています。

話はいつも”最近の若い子は。。”から始まります。結局はバイクにしてもファッションにしても個性のある、オリジナリティのある子が少なくなったなあという一種の嘆きです。もちろん参考にするところはすればいいと思います。しかし、雑誌やテレビや芸能人にダイレクトに左右され、オークションの検索ワードに至っては”キムタク”が当たり前。人と同じような格好をして何がいいんだろう。服から小物からすべてハーレーの名前、マーク入り。ハーレーに乗っているだけで充分じゃないか。ジャケット、ジーンズ、ブーツすべて同じメーカーのレプリカ。やりすぎだろ。そういった思いです。極端なことを言えば、一枚のジャケットがとても気に入ったとします。しかし丈が少し長いから、前が閉まらないから、ワッペンが気に入らないからというあきらめではなく、本当にそのもの自体が気に入っているのなら、丈を切ってでも前を開けたままでもワッペンを張り替えてでもというこだわりがないという思いです。

2年後3年後果たして10年後、その服を着ていますか?そのバイクに乗っていますか?ということなのです。こだわりを持っているのであれば必ず変わることはないでしょう。その時流行っている物や特別なものでなくていい、ずっと変わらないスタンダードなものが一番かっこいいと思います。そして、それと同時に自分の中にも変わらないこだわり、スタンダードをしっかりと持ち続けること、これが個性を生み出しオリジナリティを形成するのです。

それでは愉快な仲間たちは?当然、充分個性に満ち溢れています。そして彼らがオリジナリティを形成する上で何か必要なテイストを加えること。それが私の役目だと思っています。

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