愉快な仲間たち

2009年10月14日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち47

昨日うれしい訪問がありました。このブログではおなじみ、たかぼー、きよぴー、空汰の一家です。この日は折りしもきよぴーの誕生日。会社を休んでお祝いのランチ!その食べた帰りに寄ってくれました。ショールームの飾りに、家から今ではもう数少ないペップ時代の飾り物を持って来ているのと、天井にH鋼が走っているのを見て、”なんか懐かしい気がする。ペニーズバーガー!”とか言ってくれるのが、またいつも会っているとはいえ、この新しい職場に来てくれたのが、新鮮なとてもご機嫌なひと時でした。

また先日、やはりこのブログでは何度も登場してくれている延岡出身の西村啓二君から電話があり、法事で今住んでいる静岡から大阪に出てきているらしく会いたいとの事でした。しかし本当に申し訳なかったのですが全然時間的に余裕がなく、またの機会にとお願いをしました。せっかくの機会だったのに。。本当にごめんなさい。西村君にも譲一郎くんという長男が7月に誕生したばかり、先日書いたペアルックにインスパイアされたと言ってくれていました。どんどん学生時代から、独身の時から知っている子達がお父さんになっていく姿、家族を支えていく姿、とても頼もしく、うれしく思います。本当にずっとずっと見守っていけたらなと思います。

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2009年10月 5日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち46

9月30日から10月2日まで、3日間のスケジュールで東京、静岡、名古屋に営業に行ってきました。朝早くから出発して何時間も高速を走り、ファーストフードで朝食をとりながら時間調整、お客さんのところへ行ってさらに何時間も走って昼食もファーストフード。気分はもうアメリカ買い付け。久々にテンションがあがります。

1日目は静岡から東京へ。分刻みのタイムスケジュール。移動に時間がかかるので残念ながらそう多くは訪問できません。ましてや通りがかりの気になるショップ(個人的に)は横目で見ながらスルー。最後の予定が終了した頃にはもう真っ暗になっていました。その後先日会社に突然来てくれた隆介に連絡を取り、一緒に食事を取ることにしました。たくさんの仲間と食事することはあったのですが、彼とサシでというのは恐らくはじめて。出会った頃はまだ小学生だったのに。。とかいう思い出話からスタートして楽しい晩餐の時を過ごすことが出来ました。”僕ももう社会人ですから”とらしからぬ、きめられないきめ台詞でさっそうとレジに向かいご馳走してくれました。何かくやしいですけど、少し親心みたいな部分にうれしい刺激を感じました。さらに甘えて一泊、彼の住まいにお邪魔することにしました。衝撃はバスタブに”あめんぼ”がいたこと!なぜ!

2日目は東京都内。隆介の家を後にしてまずマクドナルドで朝食。そしてお客さんのところへ。終わるとすぐに次のお客さんのところへ。実はこのお客さんのひとつ向こうのビルには、偶然にもあのBAUMの西村君の働く、手刷りシルクスクリーンのプリントショップ”COLORS”があり、突然の訪問を予てから企てていました。近い距離にも関わらず都内は常に渋滞。お客さんとの話も終わり、いざカラーズへ。思惑通り彼の目が点になっていたことは言うまでもありません。そして工房へ。そこには彼の師匠である田島社長が作業をしておられました。この道25年。いかにも職人という風貌。しかしいざお話させていただくとなんとソフトな物腰のやわらかさ。しかしソフトでありながら職人のハードさ。西村君にも感じる、このソフトとハードの微妙な同居。実にかっこいいと思いました。次の訪問の時間が迫っていたので積もる話もそこそこに、夜の食事の約束を交わし、カラーズを後にしました。昼食は。。後のお楽しみ!?と,次なるお客さんのところへ。

Bkそしてすべての予定が終了し、いよいよ遅めの昼食。久しぶりの、そして関西では食べることが不可能な、大好物の、バーガーキングです!注文はもちろんワッパー、オニオンリングとコーラのセット、そしてBKテンダー(チキンナゲット)にBBQソースとハニーマスタードソース。完璧なオーダー!少しアメリカよりも小さいな、値段がちょっと高いなとか思いながらもワッパーに大満足。マクドナルドも霞みます。早く大阪に来い!とばかりにがっつりとほおばってやりました。少し西村君との約束まで時間があったので、以前東京でハンバーガーを販売していた場所が今どうなっているのか見に行くことにしました。その場所はお弁当屋さんに変わっていました。Towerもう3年前の話かなどと思いにふけっていると、歩道を歩いている人たちが皆立ち止まって写メールを撮っています。観光の人たちか、などと思ったのですが、通る人、通る人すべてなのです。ふとふりかえって見るとルビー色に輝く東京タワーが!自分も何の迷いも無くシャッターを切っていました。

このブログでは登場したことが無いのですが、アメリカに行くと必ず立ち寄るレストランがあります。街中というよりは、大きな町の ハイウェイのランプには必ずといっていいほどあるシーフードレストラン”RED LOBSTER”。その名のとおりロブスター中心のシーフード料理で店内も落ち着いた海の雰囲気漂うレストランです。また、好きな料理のひとつにケイジャン(フランスからルイジアナ州への移民)料理というものがあって、その代表がジャンバラヤ、ガンボそしてソフトシェルクラブ料理なのですが、アメリカでも数少ないこのケイジャン料理も楽しめるファミリーレストランがレッドロブスターなのですMr。前置きが少し長くなりましたが昨夜隆介の家に向かうときに、この日本には無いと思っていたレッドロブスターをそれも2店舗見つけて大興奮!今夜は西村君とまた隆介も参加していざレッドロブスターへと向かいました。注文したのはロブスターのケイジャン風パスタ、ロブスターのサラダ、漁師風ジャンバラヤ、そしてソフトシェルクラブ。本当に家族のような仲間とおいしい料理、他のお客さんはほとんどカップルだったのですが、そんなことお構いなしに日が変わるまで熱い夜を堪能しました。西村君のソフトでハード、隆介のソフトでソフト。実は初対面だとびっくりしたのですが、全くキャラクターの対極にあるこの二人のコラボレーションが実にご機嫌な夜でした。

その夜は西村君のお宅にお邪魔し、3日目は再び静岡に向かい最終名古屋へ。走行距離約1240km、アメリカの買い付けで4000kmぐらい走る事を思えば。。肉体的には疲れているとは思いますが精神的には非常にいい刺激となりました。今回いろんなお客さんに会うことが出来て、今までメーカーサイドの考え方だけでやってきたことを、どうすれば一般のお客さんに喜んで買っていただけるか、販売店さんが喜んでくださるか、そこまで踏み込んで考え、サポートしていかないといけないとつくづく感じました。顔を見て、膝を突き合わせてはじめてお互いの本音が見えるものだとも思います。日々これらのことを心がけ、どんどんいいものを作っていこう!そう自分に強く言い聞かせました。それに加えて、いつも自分の周りには熱く語れる、そして支えてくれるゆかいな仲間達がいることをあらためて痛感した三日間でした。

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2009年9月24日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち45

今日また突然のうれしい訪問がありました。たまたま外出する予定もなく、昼食後1階でショールーム開設の思案にふけっていると、どこかで見た家族連れが。。ペップラリーと愉快な仲間たち5の10周年サプライズパーティーにはじまりさまざまなシーンに登場する由良っちが奥さんと光舶空(こはく)を連れて、土日は休みだと思ってわざわざ会社を休んで足を運んでくれました。

Photoいろいろとペップラリーでお世話になったのにもかかわらずなかなか連絡もとれず申し訳ないな、どうしてるのかなと、奥さんの書いているブログ”コハク時間”のペップラリーの事を綴ってくれているページをウルウルな思いで、まさに昨日読んでいたところだったのでとてもびっくりしました。

約2年ぶりに会った光舶空の大きさにびっくり、お父さんそっくり。でも最初に出会ったときの由良っちのふてこさはどこにも感じられず!すぐにいい笑顔をみせてくれました。一安心。気に入ってくれたデザインの由良っち自身と光舶空の服をピックアップしてくれて、近日中の集いを約束しました。

休み明けの気だるい午後、ひとたび会話が始まると久しぶりを感じさせない空気、ほっこり暖かい ひとときでした。

”コハク時間”で”ストアーズ”について新たに掲載してくれています!(写真は一緒です!)

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2009年9月21日 (月)

GADGET

GADGET、ガジェットもしくはガゼット。総じておしゃれな小物、気のきいた小物。役に立つ、役に立たない以前にちょとした仕掛け、遊びの要素が際立つもの。まさしくアメリカンなこだわりそのものを感じさせる単語だと思います。ヴィンテージのスウェットによく見られる前Vなんかを単に”ガゼット”と呼んだりもします。実は店を始めるとき名前の候補のひとつにこの”GADGET”もありました!

以前にも紹介させていただいた寺田町のGADGETさん。(タイトルは敬称なしですいません。)まさしくお名前どおり、微に入り細に入り、アメリカンな香りを感じることのできる空間です。そのGADGETさんがなんと今月19日に10周年を迎えられました。本当におめでとうございます。一言に十年といってもとても深い年月だと思います。ただ単にこだわっているだけでは続けてこれないでしょうし、本当にオーナーご夫婦のお人柄とこだわりの一貫性がお客さんを魅了し今日に至られたと思います。

また今回自分のデザインした服を本当に自分の気に入ったお店においていただきたいという、古着を扱っておられるお店には甚だあつかましいお願いをこころよく引き受けてくださり心より感謝しています。ともにアメリカンを愛し、熱く語り、今後も一緒に歩ませていただけたらなと思います。これからもよろしくお願いします。

GADGETさん十周年を心からお祝いするのと同時に、自分自身、十年前何をしていたのか、どんな思いを抱き、そして今ある自分をどう思い描いていたのか。その頃の熱い思いに少し身が引き締まる、そんな気がしました。

これからも寺田町のあの場所に、あのこだわりの空間を今までどおり何気なく、でも特別な存在としてあり続けてください。

本当におめでとうございます。

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2009年9月14日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち44

先日、また突然の訪問がありました。ペップラリーと愉快な仲間たち5をはじめ、事あるごとに顔を出してくれる隆介です。以前にも書いたように彼とは彼が小学6年生からの付き合い。もうその彼が26歳。今は東京の広告代理店で勤務しており、遅めのお盆休みを利用しての訪問でした。

Ny 一通り今回デザインした20アイテムを見てもらって、気に入ったパーカーを発注してくれて、その後彼の近況からここにどうショールームを作っていくかに至るまで、短い時間でしたが熱く語りました。本当にうれしい訪問でした。ただここに到達するまでにかなり迷ったらしく、でも驚かしたくて連絡も出来ずと愚痴をこぼしていました。確かに少しややこしいかも。。と、ストアーズまでのアクセスはこちらをご覧ください。「access_to_stores.JPG」をダウンロード (画像右下に拡大ボタンが出てきます。)

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2009年8月23日 (日)

ペップラリーと愉快な仲間たち43

新しい一歩を踏み出せたこと、またそれ以上に、今までと違う方向への一歩でもみんなとつながってることを再確認できたことを本当にうれしく思います。

この1年9ヶ月の間、いろんな仕事に着き自分は何をやっているんだろうと葛藤し、ミクシィにもブログにも一切触れることさえできなかった時期がありました。でも自分のやりたいこと、自分の思い描いている夢は捨てず、いつも心の片隅に潜ませ、さらにそれを糧に日々頑張ってきました。そんな中にあって、やはり家族は当然のことながら”愉快な仲間たち”の存在は日々の薄れかけがちな情熱を呼び起こしてくれる大切な存在でした。触れることの無かったミクシィにはたくさんのメッセージが。。そしてなっかんやかおりちゃん、たかぼー、きよぴー、関谷君、いくちゃんはいつでも急な召集に応じてくれて、BAUM西村君とは熱いやがて訪れるであろう夢の話で盛り上がり、そんな彼らの存在が心の火を常に灯していてくれました。そしてこの新しい出発を我が事の様に喜んでくれました。本当に心から感謝しています。

 去年10月たかぼーときよピーが結婚式を挙げ、11月にはBAUM西村君と奈津っちゃんが結婚し、今年2月には、なっかんとかおりちゃんの間に第2子優仁が、また関谷君といくちゃんの間に篤人が、今月西村君と奈津っちゃんの間にも爽奈ちゃんが誕生しました。まだまだ”愉快な仲間たち”増殖中です。8bf

 そして以前”ペップラリーと愉快な仲間たち17”でも紹介した尾澤兄弟が先日突然、”新しい一歩”を聞きつけて、わざわざ東京からまだ手も付けれていないショールームに来てくれました。あまりにも突然!すぎて外出中で会うこともできなかったのですが、8bbすごくデザインを気に入ってくれて現物もまだ無い状態で発注までしていってくれました。本当にうれしかったです。

また以前からお付き合いのあった寺田町のGADGETさんに久々にお会いできたのにもかかわらず、今回の新しいプロジェクトで無理をお願いしてしまったのですが、本当に快くご協力をいただき、そのご返事を頂いたときには胸に熱いものがこみ上げてきました。 本当にありがとうございます。

たくさんの方々に見守られて、支えられて心から幸せだと思います。今度は私がみなさんに恩返しする番です。熱い思いと志を持って。

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2007年10月17日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち42

減っていく商品の数、解体される棚の数、みんなと撮る記念写真の枚数が増えるほど何か切なさも募ります。

昨日娘の自転車を見に171号線沿い甲武橋手前の大手自転車販売店”あさひ”に行きました。そこには、自転車好きでアルバイトからはじめて、今では店長にまで上り詰めた笑顔の北村くんの姿がありました。最初会った時は失礼ながら何か裏があるのかなと思わせるぐらいいつも本当に笑顔で、思い起こせば待兼山に店舗があるときからの付き合いです。アメリカからヴィンテージのタンデム(二人乗り)の自転車を持って帰った時に、友達と来ていた北村くんが整備をしてくれたのがきっかけでした。しかし彼に告げることも出来ず渋谷に移転したためしばらくは音信不通だったのですが、ある日たまたま通りがかった彼が入ってきてくれて驚きの再会となりました。自転車に関してはいつもお世話になっていますが、それ以上に彼の実直で爽やかな人柄にとても惹かれます。かれもやはり私にとっては欠かせない愉快な仲間で、かつて彼以上に常に素晴しい笑顔を見せる人と会ったことはありません。

To be continued.

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2007年10月 8日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち41

昨日、このブログでもたびたび登場している関谷くんと育ちゃんの結婚式に出席しました。当初は家族でお招きいただいていたのですが、下の子供が運動会。残念ながら私だけの出席となりました。午前は親族のみ、午後は交友関係という二部構成の披露宴で、私はなんと親族のほうで招待していただきました。周りを見渡せばまさしく親類の方ばかり、少し場違いの感もありましたが、彼があえて午前の披露宴に選んでくれたこと、また席が彼に一番近い場所だったこと、名札の裏に書かれた彼の直筆のメッセージ、もうそれけでとても幸せな気分でした。シンプルで気取ったところが全く無く、両家の暖かい親族の方に囲まれ本当に素晴しい結婚式でした。

歓談の途中、彼のお父さんに挨拶に赴くと、がっちり手を握られて”あなたがなんで親族の席に呼ばれているか。それはうちの息子にとってあなたは家族同然なんや。これからもよろしくたのむで。”と力強くそして暖かいお言葉をいただいた時。また宴が終わり最後に彼と握手しながら大役を果たしひとまわりもふたまわりも成長した彼の本当に素晴しい顔を見た時。何度も胸にこみ上げてくる熱いものを抑えきれない、本当に感動的な結婚式でした。

To be continued.

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2007年9月29日 (土)

ペップラリーと愉快な仲間たち40

ここ三年間ずっと考えてきたことがあります。特に今年に入ってからは毎日のように思い悩んでいました。実はこのブログを始めたのもそれがきっかけです。自分の気持ち、考えを冷静に見つめ直したかったから、そしてここまで支えてきてくれたみんなに感謝の気持ちと言葉を残しておきたかったから。。12年間という長い間、みんなからパワーをもらいながらここまでたどり着くことができましたが、無理してこのまま引っ張ることより、ここで一旦踏ん切りを付けてさらに前へ進むのも自分らしい決断かなと考えています。常に自分の今ある状態が通過点で壁に激突しながら次の目標に向かって進んで行く。ブログの中でもそう語ってきました。自分でやりたいこともたくさんあり、いろんな方面からもお誘いをいただいていますが、ここはすべてフラットにして次のステップへ進んで行きたいと思います。

最初はペップラリーがなくなることによって、みんなとのつながりが無くなる。そう感じて怯えていた部分がありました。しかし今は違います。そんなことでこの絆が断ち切れるはずがないと。そして高々一軒の古着屋でありながらこれだけの素晴しい仲間が、家族ができたことをとても誇りに思います。

”何でこの間行った時に言ってくれへんかったん!”みんなからのお叱りが聞こえてきます。でもずっと最近まで悩んできたことなのでお許しください。またこのブログは今までのようにまめには更新できないとは思いますが必ず続けて行きます。まだまだ登場してない仲間たちがいるのと、近況も報告できたらなと考えているからです。直接お会いしてすべての方に辞めることと感謝の気持ちをお伝えしたかったのですが。。こんな形で報告することになって、また突然の発表で申し訳ありません。

本当にみなさんのおかげで12年間という長い間営業してこれたと思いますし、逆に私たち家族を仲間として認めてくれたことを心より感謝します。恐らく日本のどの古着屋よりも幸せな家族だったと胸をはって断言できます。これからはここまで身近に支えてくれた妻や子供たちを守りつつ前へ進んで行きたいと思います。ですのでペップラリー第一章はこの10月末日をもって終了しますが。。

なっかんがかおりちゃんと結婚して孝太朗が生まれ、たかぼーがきよピーと結婚して空汰が生まれ、由良っちが結婚して光舶空が生まれ、修ちゃんがしげと結婚して来年に子供が生まれ、久美ちゃんが一隆くんと結婚して亮祐が生まれ、もっくんが奈緒ちゃんと結婚して平が生まれ、もうすぐ関谷君が育ちゃんと結婚。もうすでにペップラリー第2章は始まっています。

To be continued.

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2007年9月24日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち39

昨日、たかぼーときよピーの結婚パーティーを開催しました。是非ペップラリーでパーティーをと以前より言ってくれていたので、絶対にいいパーティーにしたいと思い、幹事になっかんと修ちゃん、そして私は完全に裏方に徹し、さらに料理は腕によりをかけて出来る限りのおもてなしをと準備してきました。ブログが更新できなかった言い訳にはしたくないのですが通常業務もそっちのけで料理の仕込みと会場の準備に注力しました。

そしてパーティーは。。たかぼーときよピー、愉快な仲間たちとその仲間たちが約30人。みんなのサーポートや盛り上げがあって、いいパーティーにならないはずがありません。言葉にあらわせないぐらいとてもとても素晴しいパーティーでした。参加してくれたみなさん、幹事のなっかん、修ちゃん、サポートしてくれたピーをはじめ愉快な仲間たち、昨日はお疲れ様でした。本当にありがとうございました。

2人には祝福してくれているこんなにもたくさんの仲間たちがいることを忘れずにまた、それを力として幸せになって欲しいと思います。そしてこのペップラリーをパーティーの会場に選んでくれて、仲間たちが集える機会を作ってくれて心から感謝します。

To be continued.

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2007年9月17日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち38

宮崎から帰ってきているもっくんと彼が池田に滞在している間にご飯を食べに行こうと思っていたので、昨日店を早くに閉め石橋に繰り出しました。石橋といえばペップラリー発祥の地、あの頃はまだ結婚していなかったので、妻となっかんとピーとで本当によく飲みに行っていたのを思い出し、また渋谷に移ってきて今度は自分で食べ物、飲み物を出すようになり、外に出て飲みに行くことが極端に減ったのもあって、居酒屋に行って飲むという行為自体がとてもうれしく懐かしく感じました。しかも子連れという今までにないパターンで。

急遽この飲み会を企画してくれたのにもかかわらず、もっくんからの誘いもあってたくさんの仲間たちが集まりました。なっかん、かおりちゃん、孝太朗、ピー、たかぼー、きよピー、空汰、修ちゃん、小島、隆介、先日初対面を果たした、光舶空の父親、由良っち、そして私の家族、途中関谷君と育ちゃんが顔を出してくれて。。とても賑やかな楽しい時間を過すことができました。居酒屋の座布団の上に布団を敷いて赤ちゃんが二人、さらに暴れん坊の幼稚園児と小学生。一見託児所の様相でその横で酒を酌み交わすといったアンバランスな状況でしたが、これからどんどん子供たちの数が増えていって、どんどん賑やかになっていって。。”家族”という仲間たちが増えていって。。もう考えるだけで幸せです。

その後再びペップラリーに戻ってきてしっぽりと遅くまで熱い集いの余韻を楽しみました。みんなお疲れさまでした。そしてありがとう!

To be continued.

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2007年9月13日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち37

私たち夫婦がアメリカで結婚式を挙げ、その後日本で披露宴をしたことは以前書きましたが、その時の仲人をしていただいた奥村先生夫妻のお宅へ今日お邪魔しました。いろいろ考えるところがあってその報告にお伺いしたのですが、バタバタとしているうちについつい足が遠のき、実に約6年ぶり。長年ご無沙汰して本当に申し訳ない気持ちでインターホンを押しました。奥村先生はご不在でしたが奥さんがおられたのであがらせていただきました。

奥村先生とは私が関西学院中学部に入学し2年生、3年生の時に担任をしていただいてそこからのお付き合いになります。大学に入って、サッカー部のコーチとして、またキャンプリーダーとして中学部に戻った時に再びお世話になることになりました。当時奥村先生宅はコーチやリーダーの集まる場所としていつでも先輩、後輩の誰かがいる、そんなにぎやかなみんなの交流場所と化したお宅でした。加えて先生の奥さんがとてもフランクで包容力のある方で、先生がいようといまいと奥さんにいろいろ相談する学生も非常に多く、私たちにとっては先生の奥さんでありながらいつの頃からか”おばちゃん”と呼び、もう一人のお母さんみたいな存在でした。私もスキーツアーのミーティングをする時はもちろんのこと、別に用事が無い時でもとりあえず学校帰りに顔を出す。そんな感じで恐らく当時自宅にいるよりはるかに長い時間をここで過しました。以前紹介した後輩の時武君とも夜遅くまで何をするでもなく毎日のようにお邪魔し、いつしかそんなみんなが集える場所に憧れ、自分もそんな場所をもてたらなと漠然とですが思っていました。今思えばここ奥村邸がペップラリーの原点だったんだなと感じます。まだまだ奥村邸には程遠いですが、みんなの集まれる場所、さらにそれ以上に心の支えやよりどころであれたら本当に幸せだなと思います。

今日久しぶりにお話させていただいたのですが、披露宴に出てくれた愉快な仲間たち、なっかん、関谷君、もっくんのこともしっかりと覚えていてくださいました。ちなみに奥村先生夫妻に仲人していただいたのが私たちでちょうど50組目でした。

To be continued.

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2007年9月12日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち36

先程、開店準備を終えメール等をチェックしていると突然”こんにちは!”と聞き覚えのあるイントネーションで、何と宮崎で教師をしているもっくんが現れました。”どうしたん?”夏休み中、7月の終わりに来てくれたばっかりなのに。するとすっかり忘れていました、”子供が生まれました”のうれしい報告です。昨日奈緒ちゃんから連絡を受け、急遽こちらにやってきて、出産にも無事立ち会えたとのことでした。名前は”平(たいら)”もっくんもお父さんか。。感慨もひとしおです。先日7月7日にも由良っちのところに”光舶空(こはく)”が誕生したばかり。驚くほど男子ばかりで、次は年明け早々修ちゃんとしげのところまで予定はありませんが、ペップベビーブーム恐るべし!愉快な仲間たち増殖中!

To be continued.

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2007年9月10日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち35

Cnv0024_2 この週末はみんなに伝えたいことがあって声をかけたところ、忙しいのにもかかわらずたくさんの愉快な仲間たちが駆けつけてくれました。土曜日はピー、なっかん、たかぼー、隆介、きっさん。Cnv0025 昨日はかずくん、池田君、なっかん家族と修ちゃんが。そしてそこに久美ちゃん家族が。さらにうちの子供たちが加わって大変にぎやかなひとときを過しました。写真はその時の一コマです。いつもみんなの子供たちが来てくれて、帰った後に写真を撮っておけばと後悔するのですが、今回はGJです。向かって左がなっかんところの孝太朗7ヶ月、そして右が久美ちゃんところの亮祐4ヶ月。4ヶ月?どうみても孝太朗と同じ、もしくは大きいぞというぐらい亮祐 はビッグな赤ちゃんでした。こんな風にペップベビーブームの赤ちゃんをずらっと並べて記念撮影したいです。

To be continued.

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2007年9月 8日 (土)

ペップラリーと愉快な仲間たち34

最初は彼の弟が、そしてバットマンものを集めているという彼自身もいつしか店に来てくれるようになっていました。ペップラリーがオープンして3年目を迎えようとしていた頃でした。彼の名前は岸上吉勝。このブログでも名前は何度か登場している、通称きっさん。うどん屋の三代目にして、コレクター。最初はバットマンものを集めていたのですが、今ではアンティーク全般。先日、ショーケースを彼の自室に設置するために初めて足を踏み入れたのですが。。私の店で買ってくれたものが多いとは言え、とてもいいものが揃っていました。

最初は、飲み会やボーリング大会の途中でこっそりいなくなったりするので、てっきり協調性のない人だと思っていました。そしてちょっと秋葉系で。。やさしくて、気が利いて、男前なのに。。そんな少しアンバランス部分をみんなにいじられながらも、でも今ではすっかり愉快な仲間の一人です。最近ではちゃきちゃきした、しっかりもののアコちゃんという彼女ができて、とてもいい感じです。アメリカものが好きだというよりは、アメリカものを”集めたい”という部分で、ある意味私と同じ嗅覚を持ったコレクターだと思います。

To be continued.

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2007年9月 5日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち33

アメリカに買い付けに行く時は必ずといっていいほどシアトルに何泊か滞在します。以前にも少し触れましたがシアトルに友人がいるからです。もともとは銀行にいる時に同じ支店で私の妻の同期で親友のしげちゃんが数年日本に住んでいたアメリカ人のアダムさんと結婚して、その後シアトルに住むようになってからの付き合いです。最初ペップラリーを始めた頃は買い付けに行くのではなくアメリカから古着を業者から送ってもらっており、その他の雑貨やアメリカっぽい食品は彼らにお願いして定期的に送ってもらっていました。そして自らアメリカに買い付けに行くようになって、シアトルでの情報収集やアポイント、メジャーの観戦予約に至るまで彼が小学校の先生をする傍ら時間があれば渡米前にしてくれて、飛躍的に効率よく買い付けできるようになりました。またシアトルで結婚式を挙げた時には、貸衣装屋や牧師さんの手配等いっしょに動いてくれて本当にお世話になりました。いつも買い付けが終わり日本に帰国する前には必ず彼らの家族と食事をし楽しい時間を過しています。

アメリカ人といえば別に偏見ではないのですが、自己主張の強い人が多い中、彼は本当にやさしく、決め細やかな気配りと思いやりのある行動の取れるすばらしい人で、頭もよく笑いのセンスも抜群。尊敬できる人格の持ち主です。昨年はしげちゃんの久しぶりの里帰りにアダムさんと息子のジェイク君も日本にやってきて、妻も何年かぶりの対面で大喜び、子供たちも初顔合わせにもかかわらずすぐさまジェイク君と打ち解けていました。

いつだったか、買い付けの関係で非常に迷惑をかけてしまってお詫びとそのあとの処理の御礼を言った時があるのですが、そんな事態とはうらはらに”友達なんだから、そんなこと気にしないで。”ってさらっと言ってくれて。”friend”っていう普段よく使う単語が、この時ばかりは、この言葉の温かさ、深さにとても心を打たれました。

To be continued.

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2007年9月 2日 (日)

ペップラリーと愉快な仲間たち32

昨日恐らく10ヶ月ぶりでしょうか、ダイハツでカーデザイナーとして働いているグレッグが来店してくれました。彼との出会いはおととしの夏にさかのぼります。当時は研修生としてたまたまこの店の裏にあるレオパレスに滞在しており、いつしか店に来てくれるようになっていました。彼はフランスから、彼同様イギリス、スウェーデン、韓国、中国といったいろんな国からの研修生で、いろんな行事に参加してくれたり、一緒にご飯を食べに行ったり、その中でも一番愉快な仲間たちに溶け込んでいたのが彼でした。

約2ヶ月の研修のあと、研修生の中から次年度の社員への登用が決まるというシステムで、見事彼とスウェーデンのヤンノが採用されました。彼との別れは寂しいとみんな感じていたので彼の採用は我が事の様にうれしく喜びました。最初は住むところが少し遠くても顔を出してくれていましたが、いざ働き出すと研修の時のようにはいかず、店に行きたくてもなかなか。。忙しい毎日だったといいます。さらに唯一の交通手段だった自転車も駅で盗まれてしまって。。久しぶりに来てくれた彼は来たくても来れなかった理由を切々と話してくれて逆に何か申し訳ない気分になりました。そこまで気を使ってくれて。忘れずに今日来てくれたことが何よりです。さらに彼は梅田で自転車を買って、途中の本屋で地図を買って約1時間30分かかって、フランスワインを手土産に、汗だくで来てくれていました。そして親指を立てて一言”もう自転車買ったからこれからは来れるね。”日本語もかなり上手になった彼の笑顔がひときわ輝いて見えました。

To be continued.

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2007年8月16日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち31

世間一般でいうところのお盆休みに入ってから、たくさんの仲間たちが店に顔を出してくれています。なっかん、かおりちゃん、孝太朗、たかぼー、きよピー、空汰はもちろんのこと、久々に修ちゃんとしげの2ショット、東京から西村太志くんとなっちゃん、ピー、新田君と奥さん、にっしんと連日大賑わい。昨日もきっさん、きよりすさん、ゆきお君と仲間たち、そして静岡から西村啓二君、栃木(ずっと岐阜だと思っていました。ごめん!)から米山君。ブログの更新がままならないほど。。話は尽きません。

To be continued.

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2007年7月30日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち30

昨日、宮崎で教員をしているもっくんが、出産のため池田に里帰りしている奥さんの奈緒ちゃんの元へ帰って来たついでに、約1年ぶりに店に遊びに来てくれました。事前に連絡していたのもあって、たくさんの仲間たちがもっくんに会いに、またみんなの出産、懐妊の祝杯をあげに来店してくれました。

まず関谷君と彼女の育ちゃんは10月挙式予定、たかぼーのところは5月出産、なっかんのところは2月出産、修ちゃんのところは来年1月出産予定とめでたい事だらけ。それに加えて、きっさんと彼女のアコちゃんは熱愛中、小島は弁護士に向けて勉強中、彼女とも順調のようです。そんな仲間たちが駆けつけてくれて、ちょっと父親先輩連中の”あかちゃんお風呂入れ講座”が始まるなど、またご近所の永田さんや柏木さんも来店してくださったのも加わり楽しく盛り上がりました。仲間というのは、と以前にも書いたことがあるのですが、もちろん1年ぶりで久しぶりなのです。しかし、会った瞬間から空気は普段どおり、話し始めると懐かしさとかは全く感じることなく本当に自然にいつもの仲間たちなのです。

そして今日も偶然、待兼山の店舗の時、高校生でそれ以来よく顔を出してくれている島袋君が来てくれたので、もっくんに電話をし、今日は奥さんの奈緒ちゃんとともに来てもらいました。というのも何年か前もたまたまもっくんが宮崎から帰ってきた時に島袋君が来てくれて、という前例があり何か”縁”を感じていたからです。と思っていると札幌の出張から帰ったばかりで昨夜来れなかった隆介も駆けつけてくれました。いろんな意味でみんなが繋がっていることを、また一人の仲間の為に駆けつけてくれる仲間たちがいることをとてもうれしく思いました。

To be continued.

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2007年7月22日 (日)

ペップラリーと愉快な仲間たち29

昨日も宝塚造形芸術大学の学生たちの撮影する映画に出演してきました。前回の”KEEP MERRY COMPANY”では主人公の一人として出演していた樋野佳奈子ちゃんが監督での作品です。

最近ではほぼ毎日のように、撮影が終わった後や打ち合わせにと店に通ってくれています。しかし、その撮影前日何かみんなの様子がおかしい。プロデューサーの米田伸夫くんがおもむろに”店長って医者っぽいですよね。”と。そこでピンときました。撮影の前日に出演依頼なんて申し訳ないという彼らなりの気遣い的な言い回しだったのでしょう。”時間さえ合えばOK。”と快諾しました。前回のセリフをかみまっくった俳優ぶりを知っての依頼。よほど困っているのだろうという思いもありました。

宝塚市立病院の病室を借りての撮影で、記憶喪失になった主人公の病室に回診に来る医者の役でした。前回よりもセリフはとても少なく(といっても手に持っているカルテにカンペを潜まして。。)なんといっても医者という別のキャラクターを演じることが出来るのがとても気楽でした。前回はペップラリーの店長として、そのままでと言われ、とても困惑したのは記憶に新しいので。。約1時間30分で終了し病院を後にしました。一つのものをみんなで作り上げようとする思いに満たされ、ぴんと張り詰めた現場の空気は今回も健在で、たくさんのエネルギーを吸収することが出来ました。

To be continued.

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2007年7月21日 (土)

ペップラリーと愉快な仲間たち28

今日、なっかんとかおりちゃんそして孝太朗、たかぼーときよピーそして空汰が店に来てくれました。特に空汰は今日がペップラリーデビュー。着いた時は寝ていたのですがしばらくして泣き出したので抱かせてもらいました。そこはこう見えても2児の父親、あっという間に空汰は深い眠りに。孝太朗も空汰も生まれたばかりなのに、満ち溢れた生命力を感じました。力強さを感じました。大きく元気に育て!そんな気持ちで二人を抱きました。妻と共に。そして彼らを覗き込むうちの子、ちょっとお姉ちゃんとお兄ちゃんの彩楽と廉央。何かとても可愛い光景で、とても幸せでした。何かこんな状況にあこがれていた気がします。愉快な仲間たちとその家族が集まって、そしてその子供たちが集まって。それがいつどこであろうとこのつながりは決して切れることはなく、ずっとずっと続くんだって。なんか漠然とそう思い、少し胸が熱くなりました。

To be continued.

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2007年7月20日 (金)

ペップラリーと愉快な仲間たち27

ペップラリーがオープンして2年ぐらいの間にたくさんの仲間たちが誕生したというのは、もう何度もこのブログで書いてきましたし、この時の仲間たちが今でもペップラリーを支えてくれているのは紛れもない事実です。

関谷君が”めっちゃ男くさい”と紹介してくれた、たかぼー。そしてある日、そのたかぼーも一人の大学生を連れて来てくれました。彼の名は谷畑修平。通称修ちゃん。口数も少なく、あまり強いインパクトはないもののやさしそうな、人当たりのよさそうな好青年でした。それからも何回か来てくれたのですが、誰かと一緒に来るという感じで、唯一BBQに行った時、集合場所で車をバックさせ、いきなり木に激突していたのを覚えているぐらいで、最初はそれ程存在感もありませんでした。しかし本当に頻繁に、また一人でも来てくれるようになり、古着にはまり、そのやさしさと古着スタイルにあこがれ”修ちゃん派”と呼ばれる派閥が出来るほど若い子達に支持され、存在感を示しはじめました。特に待兼山から現在のここ池田市渋谷に移転する時には、もちろんみんなのおかげなのですが、修ちゃんのリーダーシップがなければというぐらい、毎日朝早くから深夜までの大活躍でした。笑い話で”あの時が修ちゃんの人生の中で一番輝いていたな!”と今でも語り次がれる程。。

ただ、その持ち前の優しさが裏目にでる少し安請け合い的な、また時として空気を読まない爆弾投下的な発言には今でもはらはらさせられるのですが、恐らく仲間たちの中では一番温厚な性格で、行動力も兼ね備えている、彼もまた違ったタイプのリーダーで、私たち家族にとっても、愉快な仲間たちにとっても欠くことのできない存在であることに間違いありません。ペップラリーでいえば、なっかんという大番頭の下に剛のたかぼー、柔の修ちゃんという図式です。

そんな修ちゃんも、最初は冗談のつもりで勧めた、Qちゃんの友達で店によく遊びに来てくれていたしげと付き合うことになり、めでたく昨年ゴールインしました。ペップ2組目のカップル誕生です。そして、みんなの出産ラッシュから取り残された感じになって少しナーバスになっていた部分もあったようですが、なんと来年1月に赤ちゃんの誕生です。本当によかったです!心からうれしく思います。修ちゃん、しげ、おめでとう!

To be continued.

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2007年7月 4日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち26

前回紹介したもっくんが初めて来店してくれてから数日後、再び彼が遊びに来てくれたのですが、店の入り口を見ると一人の学生が。もっくんに聞くと同じ高校の出身で今回揃って大阪大学に入学した友人でした。それなら中に入って来たらというと”僕、古着に興味ないんで。”との返答。別に興味はなくとも入って来たらという何度かの誘いもむなしく頑なに入店を拒んでいました。しかし、それは決して嫌味なものではなく初対面でしたが彼の実直さのあらわれだろうと感じたのとその時応援団に入部したてで学ラン姿だったのをはっきりと覚えています。彼の名前は西村啓二。ロードオブザリングの主人公フロド似です。

それからしばらくし徐々に打ち解けるにしたがって店の中にも入ってきてくれるようになり、最初はもっくんと一緒にという感じでしたが、一人でも来店してくれるようになりました。そして、いつの間にか愉快な仲間たちの中でも最も古着好き、特にヴィンテージ好きのうちの一人になっていました!別に私が説得したわけでも口説いたわけでもありません。もともとギタリストで50年代、60年代のアメリカの音楽が好きだったようでその資質というかベースを持っていたのかもしれません。

大学を卒業し静岡の会社に入社したのですが、宮崎の延岡に帰る折には必ず”途中下車”して寄ってくれます。車で静岡からふらっと立ち寄ってくれたことも。彼のいつもひょうひょうと爽やかな笑顔とまじめでひっそりとしかし熱い男気は、初対面の時に感じたものと今でも寸分の変わりはありません。

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2007年7月 2日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち25

ペップラリーがオープンしてもうすぐ2年目を迎えようとし、あと数日後に大阪大学の入学式を控えたある日。ひとりのおかっぱ頭のかわいい少年?が店にやってきました。もくもくと古着をチェックし2枚のナイロンジャケットを購入してくれました。(後ですぐに1枚返品しに来るのですが。)中学生ぐらいかなと思っていたのですが実は大阪大学の新入学生で、ことばに少しなまりがあったので聞いてみると宮崎県の出身。ぼそぼそと早口でなまりのある口調についつい引き込まれ、さらにこちらの好奇心を掻き立てられるぼくとつで独特なキャラクターは、地元出身者の多い愉快な仲間たちの中においては初の地方出身者としてみんなから親しまれる存在に気が付けばなっていました。その彼の名前はすでに何度か出てきていますが、福原基弘。通称もっくん。最初は実はふっくんだったのですが、シブガキ隊でいうならもっくんのほうがという彼の要望でその日からもっくんに変わりました。

学校近くの寮に住んでいたので、授業の合間、晩御飯の終わった後と頻繁に足を運んでくれていました。いっしょにご飯を食べに行ったり、フリーマーケットに出店するときに手伝ってもらったり、うちの子供と遊んでくれたり、もう家族同然に過す時間も長くなっていました。そして、あっという間に4年間が過ぎ卒業を迎えます。覚悟はしていましたが、非常にさびしい初めての別れです。と思いふけているのもつかの間、教員になるためにはあと1単位足りないことが判明。その1単位を取る為に再び学校へ通うことが決定したのです!時同じくしてペップラリーも池田市渋谷に移転、彼もこの近くにアパートを借りることになりました。

こちらに移転してきた当時、奥のカフェは、以前に書いたようにQちゃん(Qちゃんについて書き始めると恐らくその喜怒哀楽ネタでひとつのブログが出来そうなので、あえて今は触れません。)という女性に任していました。そして彼女の友達が常連さんとしてよく店に来てくれていました。くみちゃん、しげ、しのりん、こは。そしてその中になおちゃんという女の子の姿もありました。当然愉快な仲間たちとの交流もあり、みんなで飲み会、ボーリング大会などさまざまなイベントが行われました。

単位を取得し再び今度は本当にもっくんとの悲しい別れになるのですが、もっくんが宮崎に帰る直前にぼそっと”先生になったら結婚してくださいってなおちゃんにプロポーズしました。”と突然のうれしい報告。いきなりプロポーズかいなと思いながら”お、おめでとう!”その後、追ってなおちゃんが宮崎に向かい結婚するまでにそう時間はかかりませんでした。そしてペップラリーで結婚式のパーティーを開いてくれたのです。たくさんの人に祝福され本当にすばらしいパーティーでした。ペップラリーにとってもこの店で知り合って結婚したはじめてのカップルです。喜びもひとしおです。そしてこの9月二人に待望の赤ちゃんが生まれます。本当におめでとう!心からうれしく思います。

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2007年7月 1日 (日)

ペップラリーと愉快な仲間たち24

私事で恐縮ですが引越しをしました。昨日今まで住んでいたところの引渡しがありすべて手続きが完了しました。あまりの大変さに117日連続でアップしていたこのブログもとうとう中断せざるを得ませんでした。まあ、正直毎日連載しなければならないという呪縛から少し解き放たれた開放感があることも事実なのですが!これを機に、のんびりと間延びしない程度に、しかし濃い内容の更新ができたらなと考えています。

引越しはというと、先週末ぐらいから動き始め、業者に頼まず自らでと決めたのですが。。本当に大変でした。しかし先週末には、なっかん、たかぼー、そしてなっかんの同僚の古谷君が会社の2トントラックをチャーター?して駆けつけてくれました。特に古谷君は以前引越し屋で働いていた経験を生かし、家具の積む順番、持ち方にいたるまで事細かに指示してくれてスムーズに1日でほぼ完全に大型のものを動かすことができました。夜には辻君がエアコンをはずしに、そして次の日には修ちゃん、隆介、店の近所の柏木さんが細かいものの搬入と新しい家での整理を手伝ってくれました。また結局はタイミングが合わなかったのですが他にも関谷君やピーが手伝いを申し出てくれていました。いつもながら愉快な仲間たちの協力によってこの週末だけで大部分をやり遂げることができました。みんなにはただただ、感謝。しかし今週に入って、夜もほとんど寝ずに整理をしてくれていたのがたたったのか、妻が過労でダウン。妻の分もと一発奮起したものの全く捗りません。あらためて妻の存在の大きさを思い知りました。引渡しまでラスト2日でしんどいながらも妻が復活してくれて、私も店を夜から開けるなど出来るだけ引越しを優先し何とか終了しました。いろんな傷んでいるところのごまかし?方や掃除の仕方、敷金をいかに多く返してもらうのか等とても学ぶことも多かったです。こんなこともブログに書けたら面白いなとか思いながら。。しかし引越しは、もうしばらくはこりごりです。みんな本当にありがとう!

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2007年6月27日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち23

ペップラリーがオープンして1年が過ぎ、たくさんの仲間たちが誕生する中、一人の中学生が学校帰りにちょくちょく顔を出してくれるようになりました。言葉は結構暴力的なのですが、それとは似つかわしい甘えん坊な、体型も含めて独特なキャラクターの持ち主でした。名前は迎山晴弘。周りの友達は、晴(はる)くんと呼んでいましたが、そのキャラクターで晴くんはないだろうと、思いたったその日から彼はぶーやんと呼ばれるようになりました。

ある日中学、高校と学校では何をするでもなしにふらふらしていた彼が大学に入ってアメリカンフットボールを始めると言い出したのでした。何かを始めることは彼にとってとてもすばらしいことです。しかし甘えん坊キャラの彼に果たして続けられるのか。確かにそのキャラクターの奥底に強い根性らしきものを常々感じることはできていたのですが。。

そして彼は宣言どおりアメリカンフットボール部に入部し、クラブも忙しくなり久々に来てくれて驚いたのは彼のたくましく成長した姿でした。さらに彼は4年間成し遂げ、単独アメリカへ留学し英語力をつけ(なぜかメキシカンイングリッシュ!)つい先ごろ帰国してきました。さらに一回りも二回りも大きくなって。いろんな意味で。ただ話している時に垣間見せる笑顔に甘えん坊キャラは健在でした。

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2007年6月 7日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち22

ペップラリーがオープンして1年前後の間には数多くの愉快な仲間たちが誕生したということは以前に書いたとおりなのですが、ある日なっかんが一人の幼なじみを店に連れて来てくれました。なっかんと同じ地元なのですが野球の特待で山梨の全寮制の高校に通っており、もうすぐ卒業して帰ってくる、そんな時期だったと思います。

彼の名前は樋口俊介、通称ピー。なぜピーなのか諸説いろいろありますが、私個人は、人には言えない放送禁止的行動が多い為のピー音からきているものだと思っています。彼の第一印象は。。若干十代後半にして温和な表情の奥が見えない、少し神秘的な部分を持った子だなという印象でした。それも意識されたものではなく無意識に発せられる言葉であったり、立ち振る舞いであったり、その端々に感じ取ることが出来ました。以前銀行で勤めていた時リクルーターとして数多くの学生と面接をし、客観的に人を見る力には少なからず自信がありました。しかし、意識的か無意識かは別にしても、ここまで自分を押さえ込みコントロールできる人も今までそう多く出会ったことはありません。一度彼がバイトで軽トラに乗ってメロンを路上で売っていると聞いたので、その場所に行ったことがあるのですが、それこそその立ち振る舞い、お客さんとの駆け引きを聞いて天性の”セールスマン”だと驚愕しました。さらにこの天性を私生活から切り離し、仕事だけにと割り切ることが出来た時、彼はビジネスで大化けするそんな予感がしました。

とは言うものの本心なのか冗談なのか判らない彼の微妙な言動と、酒が好きで、長渕が好きで、寂しがりやで、人懐っこいキャラクターは、誰からもいつも気になる、そして我々愉快な仲間たちにとっては欠くことのできない存在であることは言うまでもありません。

To be continued.

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2007年6月 1日 (金)

ペップラリーと愉快な仲間たち21

このブログでも名前がたびたび登場するたかぼーと彼の奥さん、きよピーとの間に昨日また”空汰”という愉快な仲間の一人が誕生しました。以前紹介しましたが2月にはなっかんとかおりちゃんに孝太朗が、5月は今後登場するであろう久美ちゃんと旦那さんに、7月にはゆらっちと奥さんに、そして9月にはもっくんと今後登場するであろう奈緒ちゃんに、と今年は愉快な仲間たちの出産ラッシュです!めでたいめでたい!

以前登場した関谷君がある日”めっちゃ男くさい、友達連れて来る。”といって紹介してくれたのがたかぼーでした。そのとおり精悍で男くさい、それでいて笑うと人懐っこいそんな青年でした。当初なかなか自分を見せないといった一面も持っていましたが、愉快な仲間として、またなっかんに次ぐリーダーとしてペップラリーには欠かすことの出来ない存在になるまでにそう時間はかかりませんでした。事あるごとに駆けつけて私をサポートしてくれています。そしてきよピーと知り合うことによって、彼が自分をさらけ出してくれて、彼の男気を感じることができ、彼とより一層深く信頼できる関係になったと思います。また、きよピーも今から思えば最初はものすごい人見知りで目も合わしてくれない状態がしばらく続きました。正直、嫌われている!と思うこともありましたが、今では”お兄ちゃん!”とすごく慕ってくれ、人一倍やきもち焼きで、すねると頬をぷーっとふくらませる、そんなふくれっ面のかわいい妹です。そしてこの二人に待望の赤ちゃんが。おめでとう!本当に心からうれしく思います。

To be continued.

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2007年5月26日 (土)

ペップラリーと愉快な仲間たち20

昨日、愉快な仲間たちの一人のお母様から一通のお手紙をいただきました。息子さんには内緒でということでしたので掲載するか否かで、逆にご迷惑ではと思い悩んだのですがあまりにも胸が熱くなる内容でしたので個人を特定するような部分を一部抜粋してご紹介させていただきます。

たまたまご家族がブログを見つけられ、以来読んでくださっているらしく”12周年おめでとうございます。”からそのお手紙が始まります。

”・・・12年前・・・ペップラリーの愉快な仲間たちと出会えたことは・・・とても幸せなことだと思います。・・・そんな彼がぐれもせず今があるのは・・・皆様のおかげだと感謝しております。ブログを見て、親や身内以外で、彼のことを理解して暖かく見守ってくださった方がいたのだと嬉しくなりました。これからも・・・よろしくお願いします。・・・”

ペップラリーが好きで集まってきてくれる仲間たちに対して、ある時は友達、ある時は弟や妹として特に意識することなく接してきました。むしろこんな私の元に集まってきてくれるみんなに対して私が感謝すべきだと日々感じています。このお手紙をいただいて、私や私の家族、仲間たち、そしてペップラリーをさらに大きな愛で暖かく見守ってくださる方がいることを改めて痛感し、感謝の身持ちで胸がいっぱいになりました。12年間がんばってきて本当によかったと思う気持ちとともに。

To be continued.

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ペニーズバーガーを”木村和人、パパ木村、或いは、キムキムと呼ばれる男。”というブログで紹介していただいております。

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2007年5月22日 (火)

ペップラリーと愉快な仲間たち19

オープンして1年ぐらいの頃、当時アメリカで流行っていた”マジックザギャザリング”というカードゲームを販売し、遊ぶ場所を提供していた時期がありました。そしてそこに集まってきてくれたお客さんの中に、このブログでもたびたび登場する、当時小学生だった隆介がいました。彼には10歳ぐらい離れた弟がおり、弟を前かご(今時の子供が座れるように変形できるようなタイプではなく、荷物専用のかご)にいれよく来店してくれていました。その他にも私のパソコンの師匠でホームページ作成からいろんな面でお世話になっている、当時大阪大学の学生だった下野雅章君、さらに大阪大学をやめ声優をめざしていた故佐伯晃君の姿がありました。

彼は7年前になりますがこの店から家に帰る途中で亡くなりました。非常にショックでした。当初、大阪大学に通っていた頃は店舗からはそう遠くない豊中に住んでいたのですが、大学をやめ声優の学校に通う傍ら、有馬の会員制のホテルで働くため、有馬に引越していました。その日忘れもしない雪のちらつく2月、有馬には行きつけの散髪屋がないため、学生時代に通っていた豊中の散髪屋にわざわざ行き、その足で来店してくれました。しかし店にはお客さんがたくさんいており、大した話も出来ないまま店を後にしました。雪が降っていたので”高速のほうが早くつくし、安全やで。”と声をかけたのに対して”いや大丈夫ですよ。”といって立ち去った彼。その六甲を越えて帰る途中、がけから転落したのでした。もっと強く引き止めればよかった。せっかく会いに来てくれたのにもっと話ができればよかった。兄のように慕ってくれていたけれど何かしてあげれたのだろうか。後悔はつきませんでした。でもお葬式に参列し、雪が突然降り出したのを見てなぜだかは分かりませんが、恐らく彼はそんな後悔なんて望んでいないと思ったのです。それよりも短かったけれど彼と出会えた事の喜び、彼自身も思うまま密度の濃い人生を送ったんだ、そして最後に会いに来てくれたたんだということを強く感じました。毎年2月、特に雪の降る日は彼を思い出します。

To be continued.

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2007年5月21日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち18

ペップラリーが12年前にオープンし、最初の1年間を思えば、すでに登場している山岡君、米山君、なっかん、関谷君はもちろんのこと、本当にたくさんの仲間たちがこの時誕生していることに気付きます。

ある時店頭で商品を見ながら”めっちゃ安いなあ。偽もの違うか!”と安いのに文句を言っている二人の高校生がいました。当時少路高校に通っていた池田正人君と今野由一君です。その後お互いに違う道に進んだり、今野君は車の整備士の仕事の関係で九州に行ったりとバラバラになるのですが定期的に集合し、相変わらずの毒舌は健在でした。池田君がある日、よく通っていた中古レコードやさんとバンドを組むという話をしていて、冗談で”有名になってな!”とか言っているうちにあれよあれよと。”ゲルググ”というバンド名で、メジャーまで上り詰めていました。今はバンドを脱退し、去年からかねてからの夢であった家具屋さんに就職をし、時同じくして今野君も大阪に帰って来て、彼らのある意味第2章が始まりました。先日もテレビで阪神戦を見ながらお得意の毒舌をぶちかましている姿を見て、ふっとあの店頭でのやり取りをなつかしく思い出しました。

To be continued.

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2007年5月14日 (月)

12周年記念パーティー

Dsc025061 5月12日から5月13日にかけて12周年記念パーティーを開催しました。パーティーの様子をと思いカメラを用意していたのですが。。

お酒はとても好きです。しかし昨今の飲酒取締りの厳格化もあって、車やバイクで帰宅する以上、店ではどんなに飲みたくてもどんなに勧められても絶対に一滴たりとも飲みません。豊中に店舗があった時には、結婚前の妻となっかん、これから登場する通称ピー、名前は樋口俊介。この4人でよく閉店後飲みに行っていました。しかし結婚して子供が出来て、店を移転してという中で徐々にお酒をのむ機会が少なくなってきたのもひとつの理由です。なので豊中時代をしらない仲間たちは、実はあまり飲めない人だと思っているみたいです。それはそれで面白いのですが。

そしてパーティー当日、久々にどっぷり飲めるという喜びと気合の証し、お泊りセットを持って店へ。なっかんとたかぼーがパーティーを企画してくれていたのと店内の模様替えも手伝ってもらったのでという、もっともらしい理由で昼過ぎあたりからすでにプチパーティーがスタート。若干の後ろめたさと罪悪感に裏打ちされたスリルを感じながら、それを押さえつける特別な日だからという正当性との葛藤。まあ、そんな難しいことは抜きにして、単純に日の高いうちに飲むビールは最高です。本番が始まった頃にはカメラで写真を撮ることすらすっかり忘れていました。さらに日ごろ飲み会は運転手に徹してくれている私よりもお酒の好きな!?妻もこの日ばかりはと解禁。美酒に酔いしれていました。

Dsc025071 みんなが集まってくれるだけで十分うれしいのに、なんと花束と私の大好きなビルケンのサンダルをプレゼントしてくれたのです!靴はクロッグ系しか履かないので、夏に向けてサンダルを、と思っていた矢先、とてもタイムリーにうれしかったです。

みんなを送り出したのが朝4時ぐらいでした。熱い夜を仲間たちと過せて本当に幸せでした。子供たちはすでにソファーで寝息を立てています。私たちもしばしの睡眠をとることにしました。パーティーの熱気と余韻をかみ締めながら。

To be continued.

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2007年5月13日 (日)

本日12周年!

本日このペップラリーも皆様のおかげをもちまして12周年を迎えることになりました。ちょっとアカデミー賞やグラミー賞のようですが、今思いつく皆さんへ感謝の意を込めて。もし万が一抜けていたりしていたら申し訳ありません。後日自己申告して下さい!そしてあくまでも順不同です。”なんであいつの方がさきやねん!”とか無しでお願いします。順番に深い意味はありませんので。

なっかん、かおりちゃん、愛ちゃん、ピー、たかぼー、きよピー、修ちゃん、しげ、関谷君、育ちゃん、かずくんと彼女、かずくんの弟、小島、辻君、西村太志君となっちゃん、岸っさんと彼女、隆介、由良っちと奥さん、米山くん、ぶーやんと彼女、ぶーやんの弟、久美ちゃんと旦那さん、もっくんと奈緒ちゃん、Qちゃんと弟、しのりん、こは、かーこ、西村啓二君、新田君と奥さん、柳田君と奥さん、ひっさん、鍛冶君、濱口兄弟、野茂君、井沢君、大久保君、健太郎、章夫、池田君、今野君、程能君と彼女、稲川兄と奥さん、稲川弟と彼女、はっち、桝山さん、尾澤兄弟、育生君、笹川君、山本君、海路君、大川君、山岡君と彼女、木戸兄弟、下野伸治、下野君、故佐伯君、中原兄弟、太田くん、岡村あきちゃん、植田君と奥さん、白川兄弟、井戸君、進藤君、山さん、成田君、島袋君、木村君、畑兄妹、平山君、中島君、竹原君、秋元君、小島君、北村君、常清夫妻、八木君、金崎君、長島兄弟、グレッグと彼女、ヤンノ、植月君、寺元兄弟、大渕君、角君、谷口君、須原君と彼女、祐美ちゃん、優希ちゃん、松本君、石田姉妹、松村君、早川君、天野君、岡本君、田村君、友田さん、平井君、白坂君、高木君、横田君、長谷川君、清末君、近藤君、吉川君、高寺君、姉川君、吉田君、大林君、宍戸君と彼女、中山君、高柳君、氏家君、貞友君、川島君、佐々木君、尾原君、坂口君、新保兄弟、原さんと奥さん、三浦さん、イヨダ君、藤木さん、白坂君、宇津君、大家の小栗さん、廣田君、史朗君、吉川さん、梅原君、はるかちゃん、佐藤さん、杉谷さん、米田君、石間君、岩川君、レオ君、松原さん、鎌田君、瀧澤君、澤君、青山さん、塩田君、細井さん、一色君、島田さん、竹内君、徳田さん、印東さん、樋野さん、堀内君、磯谷さん、山川さん、仲井さん、今村君、国米君、他宝塚造形芸術大学のみんな、原田先生、いこいのおっちゃん、シルクファイブのおっちゃん、あきちゃん、永田さんと奥さん、柏木さん、克ちゃん、映美ちゃん、裕太、森田さん、聖奈ちゃん、麻里ちゃん、幸ちゃん、チャコちゃん、ゆきお君と彼女、伊藤さんと奥さん、今藤、時武と家族のみなさん、惣田と家族のみなさん、神田、吉克、田中、岸しゃん、南谷とともちゃん、ナッツベリーファームさん、はるかさん、ロードランナーさん、井上さん、大西さん、故BONさん、ガジェットさん、ワイルドキッドさん、ポップソーダさん、ケーズドリームさん、デュースさん、アイスクライマーさん、山猫商会さん、原さん、グリードの小川君、8thフロアーさん、べスパガレージヤソジマさん、豊中池田ケーブルテレビの皆さん、パンブローの皆さん、高橋君、ハックさんと奥さん、小林さん、マックけんいちさん、ペコ山さん、栗本社長、山下先生、石幸社長、奥村先生とおばちゃん、アダムさん、しげちゃん、ジェイク君、おやじ、おふくろ、兄貴、長澤のおとうさん、おばちゃん、おっちゃん、とよくん、えみちゃん。。。

そしてまだまだここに書くことができなかったり、もしかしたらごめんなさい、書き漏れているかもしれない方々をも含め、すべての方々のおかげで、また皆さんの存在があってこそ今日まで12年もの長い間続けていくことが出来ました。本当にペップラリーを、私を、そして私の家族を支えてくださってありがとうございました。これからもいろいろとわがまま、ご迷惑をおかけするとは思いますが末永くご愛顧の程よろしくお願いします。そして最後にいろいろと苦しい時も悲しい時も私のわがまま身勝手を笑顔で支えてくれた妻の直美、そして疲れた時もへこんでいる時も君たちの存在があることでどれだけ救われたか判らない彩楽と廉央。なかなか直接目の前で言葉にすることは出来ないので、この場を借りて心から”ありがとう!”と言わせて下さい。

本当にありがとうございます!

To be continued.

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2007年5月 4日 (金)

ペップラリーと愉快な仲間たち17

ゴールデンウィーク中は開けておられるのですか?よくお問い合わせをいただきます。もちろん営業しています。お盆も、そして年末も31日まで、年始は3日から。家族の理解もあってのことですが、ずっとこのスケジュールでやってきました。仲間たちも徐々に社会人として責任ある立場にあり、あるいは地方に転勤したり、そして家族を持ったりとなかなか普通には立ち寄ってくれる時間がなくなっているのが現実です。そんな中ゆったりと来てもらえるそのタイミングがやはりゴールデンウィークやお盆、年末年始なのです。特に地方から帰省してくる仲間は開いていることを前提に必ず立ち寄ってくれるので、閉めるわけにはいきません!

このゴールデンウィーク中もすでにいろんな仲間たちが来てくれています。豊中の店舗の時高校生で来てくれて以来、また就職し博多に行ってからも定期的に来てくれていて、最近また大阪に戻ってきた山本尚治君、またとても仲のよい兄弟で笑い方が同じの尾澤敬一郎、直人兄弟。兄は今熊本に弟は今東京にいるのですが二人揃って来てくれました。なっかん、たかぼー、かずくん、隆介、ゆらっち、山岡君たちのすでに登場した仲間たちはもちろんのこと今後登場するであろう小島、きっさん、辻君、池田君、ピーも顔を見せてくれています。このゴールデンウィークをはじめお盆や年末年始の営業は私にとってみんなのたくましくなっていく姿を見ることの出来るとても楽しみな恒例行事といっても過言ではないと思います。

To be continued.

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2007年5月 2日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち16

ペップラリーがオープンし徐々に仲間たち、もしくは仲間予備軍が少しづつですが着実に増えてくる中、ある日一人の高校生が店にやってきました。少しすかした印象の彼は、その当時のいわゆる”いまどきの高校生”とは一線を隔した個性的な独特の雰囲気を持っていました。オリエンタルな風貌から通称ボジアン。以前にも少し紹介した彼の名前は関谷武人。当時ガンバユースでプレーするサッカー少年で、一見すれば大人ぶった高校生なのかもしれませんが、言動から垣間見る彼のプライドの高さは、一高校生が届くはずのない高い位置に無意識に到達していたいという思いの表れで、それがまた彼の持ち味になっていました。すでに二回目の来店時に当時はまだ結婚していなかったのですが、私の妻にいきなり”直美さんって呼んでいいですか?”と周りをあたふたさせることもありました。

そんな彼も大学を卒業し自分の夢である鉄の芸術家をめざし日々溶接工として朝早くから夜遅くまで働いています。今までに恋愛のこと、仕事のこと等本当にたくさんの相談を受けてきました。恐らく愉快な仲間たちの中でも断トツだと思います。しかし、逆にペップラリーについていろいろと意見、アドバイスしてくれた数も実は彼が一番多いのです。失恋でぼこぼこにへこんでいた頃が懐かしいぐらい、そして彼が高校生の時に無意識に届こうとしていた高い位置に到達するぐらい、今は大きく成長し、晴れて今年10月7日に結婚することになりました。心からうれしく思います。これからもお互い思いをぶつけ合えるそんな関係でいたいです。

To be continued.

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2007年4月30日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち15

昨日ここペップラリーで結婚式の二次会を貸切で行いました。これは、ここ一年ぐらいで頻繁に顔をだしてくれている、私の中ではもうすっかり愉快な仲間の、若干20代後半にして板金塗装の”RIP”を切り盛りしている通称程ちゃん、名前は程能豊。彼のつながりからでした。目がいつもきらきらしていて人なっつこいキャラの彼とは、初めて来店してくれた時から打ち解けるまでそう長い時間はかかりませんでした。ただ仕事の合間によくペニーズバーガーを食べに来てくれるのですが、昼からビールは当たり前、いつもゆるーい、まったりとしたオーラを出していて、それに巻き込まれると午後から仕事になりません。要注意です。そんな彼の共通の友人、稲川尚哉君となほ子さんの結婚式の二次会でした。約30人以上の人たちが集まり、料理やその他準備は大変でしたが、急遽たかぼーが助っ人で来てくれて、無事パーティを成功させることが出来ました。新郎の弟である正樹君が幹事として事前からとても一生懸命兄の為に準備をしている姿が感動的でした。

パーティーは夜8時から始まり11時前に終わりました。そこからかずくんも片付けに参加してくれてだいたい大まかな整理を終え、家に着いたのは夜中の2時を回っていました。家に帰ると妻が子供の所へ。私が帰ってきたら起こして欲しいと子供たちが言っていたらしいのです。そして眠い目をこすり子供たちがリビングにやって来ました。そして妻が冷蔵庫からケーキを。”おとうさん、誕生日おめでとう!”そう4月29日は私の誕生日。日は変わってしまいましたが、近所迷惑にならないように歌ってくれたハッピーバースデーの歌は心にズシンと響き、半分寝ぼけたままの二人をとてもいとおしく感じました。店のほうでも何人かの方にお祝いの言葉や、プレゼントをいただいたりして、もうこの年になるとうれしいやら恥ずかしいやらなのですが、この日ばかりはほっこりと誕生日を満喫しました。

To be continued.

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2007年4月29日 (日)

ペップラリーと愉快な仲間たち14

先日中学時代からの後輩と電話をしていてふと気づいたことがありました。彼も私にとって欠かすことの出来ない愉快な仲間の一人だと。忘れていたというより意識していないぐらい近い存在に感じていたからだと思います。彼の名前は時武俊之。いつもにこにこ、へらへらしている見掛けとは違って頭脳明晰、時としてリーダーシップも発揮します。彼との出会いは私が中学2年生の時でした。中学時代はタッチフットボールというアメリカンフットボールのジュニア版のクラブに所属していました。ジュニア版といってもヘルメット他の防具はアメリカンフットボール用の本格的なもので、唯一ボールを持っている人へのタックルが禁止されていて上半身にタッチをしてプレーを止めるというところが違うだけの結構激しいスポーツです。実際私も3年間のうち2回骨折しています。中学でこのクラブがあるところが当時まだ少なかったため、一回勝てばアメリカンフットボールの天王山、甲子園ボウルへの出場が決まり、もう一回勝てば日本一と、中学生ながらとても誇らしげに思っていました。このクラブに彼が新入生で入部してきたのです。最初は当然クラブの先輩と後輩という関係でしたが、彼とよく話すようになったのは私が3年生の時、生徒会の副会長をしており、次期副会長もタッチフットボール部から擁立しようと彼に決めたぐらいの時からでした。そして選挙にも当選し彼にバトンタッチすることになります。

高校にあがり私はサッカー部に、彼はアメリカンフットボール部に入りしばらくは別々の活動をしていました。その後大学で、以前書いたように私は母校のサッカー部のコーチに、彼も翌年タッチフットボール部のコーチになり、スキーツアー”ペップラリー”の初代スタッフとしてミーティングと称し夜遅くまで事あるごとに日々つるむようになったのです。もうその頃には先輩後輩は意識していませんでした。”ペップラリー”という名前を提案したのも実は彼周辺(ここはあえて濁しておきます)からなのです。そして現在に至るまで、ペップラリーや私たち家族のことをいつも気遣ってくれて、いろんな面で迷惑をかっけぱなしなのにもかかわらず、そう頻繁ではないにしろ、来店してくれたりBBQに行ったりと家族ぐるみでお付き合いをさせてもらっています。彼の存在も私にとって欠くことのできない、若い仲間とはまた違う心の支えであることは間違いありません。彼との付き合いを考えると、本当の”仲間”というものはたとえどんなに長い期間会っていなくても会えばたちまちその当時の空気がよみがえる、そういった関係のことを言うんだなとつくづく思います。

To be continued.

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2007年4月22日 (日)

ペップラリーと愉快な仲間たち13

ペップラリーをオープンし何ヶ月がたち、そろそろリピーターもちらほらという頃、その中によく顔を出してくれていて少し話すようになったちょっとおっとりしていて優しい感じの一人の女性がいました。通称愛ちゃん。名前は中村愛。当時幼稚園の保母さんになりたくて勉強していて、その帰りによくポストカードなどの雑貨や古着を買ってくれていました。そして彼女には弟がいるらしく、是非弟にも紹介したいと言ってくれていました。そして、ある日。一人のでっかい高校生がやって来ました。通称なっかん。名前は中村雄士。愛ちゃんの弟です。まだこの時はこの一人の高校生が今後ペップラリーにとって、また私たち家族にとって欠くことのできない存在になるとは予想だにしませんでした。

気は優しくて力持ち。そんな言葉がぴったりの彼はいつしか足しげく通ってくれるようになり、いつも大きな夢を描き、それでいて少し気弱な部分を垣間見せる、そしてそんなところがほっとけない、気が付けば自分の弟のように思う存在になっていました。その後持ち前のリーダーシップを発揮し、ペップラリーのイベントを幹事としてすすんで仕切ってくれるようになり、彼の人柄にひかれこの店に集まってきてくれた仲間も少なくはないと思います。

私たちが1998年6月1日アメリカで結婚式を挙げその後、9月15日に日本で披露宴をした時、親族や友人とともにペップラリーの仲間たちを数人招待しました。彼はその中の一人で、他には彼の紹介でよく来てくれるようになっていたQちゃん、今後登場する通称ボジアン、名前は関谷武人、通称もっくん、名前は福原基広たちの姿もありました。前日には”いくら包めばいいですか?”という返事に困る電話をもらったり、当日Qちゃんの軽装を見てびっくりしたり。Qちゃんはなんと普通のワンピースにビニジャン、足元にはサンダルといういでたちだったのです。すかさずつこっむと初めての披露宴なので判らなかったらしく、どちらがいいですかねと出した靴は、なんとアメリカ軍の編み上げロングブーツ。”サ、サンダルでお願いします。。”約二十歳前後の若い子達に陣取られたそのテーブルは結婚式初の緊張に包まれ親族や友人から”あのテーブルの人たちとはどういう関係?”と囁かれるほど他のテーブルとは明らかに異質な空気をかもし出していました。なっかんと関谷君はツイストパーマをあて、感極まって号泣しボロボロ。関谷君に至ってはサーフィン焼けに酔いがまわって赤黒くなり、その上スーツは腰履き、その通称からも分かるようにとてもエキゾチックな様相でした。しかしそんな彼らも時間がたてば皆と酒を酌み交わしそして私たちの結婚を親族や友人たちとともに心から祝福してくれました。自分たちはみんなからこんなにまで祝福されているんだと心底感じ、本当に幸せな時間を過すことができました。しかしこの式の後、新婚初夜にもかかわらず彼らは私の家に泊まりに来る事に。そして次の日彼らの朝食と昼食までも私が作る事に!

そのなっかんも去年4月30日、かおりちゃんという天真爛漫を地でいく和風な感じの可愛い彼女と結婚し、さらに今年2月2日待望の長男孝太朗が誕生しました。これからもなっかん、かおりちゃん、孝太朗とは仲間としてそして家族としてともに歩んでいけたらなと思っています。

To be continued.

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2007年4月16日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち12

ペップラリーを設立して12年間のうちに、ここで知り合って結婚したカップルが2組あるっていうのは以前にも書いたとおりです。さらに彼女や彼氏と一緒に来てくれていて結婚したカップルになると数え切れません。なので恋愛や結婚の相談をよく受けます。自分の経験した範囲でしか言及することは出来ませんが、それでもなんとか力になれたらと思います。それは自分の結婚のなかでひとつだけ後悔していることがあるので、それをみんなに伝えて同じ後悔をしてもらいたくない、そう思うからです。

妻、直美とは以前勤めていた銀行で知り合い、9年間付き合った後結婚しました。自分の中では、銀行を辞めてどうなるかも分からない商売をはじめ、また彼女もそれに付いて来てくれたからこそ一人前になってから、一旗挙げてから彼女を迎えるのが男らしさだと思っていました。もちろん彼女以外はないと思いながらも結局この自分の中だけの男気によって9年間伸ばし伸ばしになってしまったといっても過言ではありません。今子供が二人います。彩楽(さら)7歳、廉央(れの)4歳です。もう本当に可愛いと思います。そして喜びも苦しみも家族で分かち合えることをとても幸せだと感じます。よく、もう少し独身で遊びたいとか結婚は人生の墓場だとか言う人がいます。もちろん独身は独身の楽しみや遊びがあると思います。しかしもっと満足度の高い、家族という最高の仲間との楽しみや遊びを知ってもらいたいと思います。人生の墓場だと言う人には”お気の毒に”としかいいよDsc024691うがありません。だからこそ間違った(今自分ではそう思っています)男気に左右されることなくもっと早く彼女と結婚したらよかったと後悔しています。そうすればもっと早く一人ではなく喜びや悲しみを分かち合えただろうし、もっと早く可愛い子供たちとも出会えたのにと思うからです。

なので結婚を考え悩んでいる仲間たち(ほとんどが男子)にまず聞きます。”結婚するならこの人と決めていますか?”もちろん整えないといけないいろんなことがあると思います。しかし、はっきり自信を持って言います”決めているのなら何も悩むことはない。はやく結婚しなさい!”と。お金を貯めてからとか一人前になってからというのも全否定ではありません。でもいくら貯まったら?一人前ってどうなったら?それよりも、とにかく決断することそれが一番の男らしさだと思います。是非家族が出来る喜び、みんなから祝福される喜び、”親バカ!”という最高の賛辞を受ける喜びを一刻も早く感じて下さい。(って誰へのメッセージ?)

To be continued.

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2007年4月13日 (金)

ペップラリーと愉快な仲間たち11

1995年5月にオープンし、店内の商品は相変わらず少なく、加えて来客数も少ないものの、絶対こんな店にしていきたいという漠然とした理想に胸膨らませる毎日でした。予想通り大阪大学の学生のお客さんは少なかったのですが、箕面自由学園、渋谷、池田北、園芸等の豊中、箕面から池田にかけての高校生や、スクールバスのターミナルが近くにあるため摂陵、関西大倉等の高校生、そして近くの中学生がよく顔を出してくれるようになっていました。

そんなある日一人の小学生が入ってきました。小学生の割には妙に落ち着いて少し冷めた感じの少年でした。彼の名前は米山真吾。通称チェリー(錯乱坊)!たまたま自転車を買うために宝塚から来てその向かいにある、この店に入ってきたのでした。小学校から中学校にあがっても何と電車に乗って!わざわざ、そして大学に入ってもバイクで少し時間は短縮できたとはいえ宝塚からよく通ってくれていました。彼が現れるまでは、少し抵抗があったもののお客さんから”おっちゃん!”と呼ばれるのが定番でした。しかし年齢が20歳近く離れているのにもかかわらず当初から彼は”お兄ちゃん!”と呼んでくれていて、今では”店長!””マスター!”とならんで”お兄ちゃん!””兄ちゃん!”という呼び名は定番になりつつあります。そんな彼も去年栃木のオーダーメイドの医療用シューズ製作会社に就職しました。それでもこちらに帰ってくる時は必ず顔を出してくれています。世の中を斜めから眺め、常に悟りきった思想とその年齢不詳な風貌ははじめて出会ったときからほとんど変わらず、この個性的なキャラクターも欠くことのできない仲間のひとりです。

To be continued.

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2007年4月 5日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち10

Old21995年5月13日ペップラリーのオープンです。今までは自分から出て行って営業 することはあっても、自分自身が自分の看板を背負って、自分自ら選んだ商品を販売する。そういったスタイルは初めてでした。果たしてお客さんは来てくれるのか?結果、ちらしを配った効果と事前に知らせておいた身内や友人、そして近所の人達が来てくれたことによってなんとかそれなりに店らしい賑わいがあり一安心。しかし、初めてのレジ打ち、袋詰め、どたばたの連続であっという間の1日でした。そんなあわただしさとは裏腹に、今日から第一歩を踏み出したんだという実感を喜びとして、またプレッシャーとしてひしひしと感じるのでした。

この記念すべきオープン初日に来てくれたお客さんの中にただ一人今現在でも来店してくれている青年がいます。彼の名は山岡義和。通称あーちゃん。とてもシャイでやさしい印象と同時に内に秘めた芯の強さを感じることができるそんな高校一年生でした。オープン前日、ビラ配りの時にいち早く駆け寄ってきてくれたのを今でも覚えています。そんな彼も今は社会人。高校生活に満足がいかず、また一から勉強し直し、たくさんの本を読み、ひとりで旅行をし、よりたくましくなっていく姿を12年間間近で見てきています。そしてこれからも彼のたくましくなっていく姿を仲間として見守っていけたらなと思います。12年間の月日の長さはもちろん、それ以上に月日の重さを感じ、彼から始まりこれからどんどん登場する愉快な仲間たちの支えがあってこそ今日があるのだと心より感謝しています。

To be continued.

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2007年4月 2日 (月)

ペップラリーと愉快な仲間たち9

Old1_1 前回にも書きましたが、いろんな経緯でそれまで勤めていた銀行をやめ、親父やお袋や兄貴をはじめいろんな人たちの支えがあって自分の夢を実現すべく、そしてその頃にはつきあっていた彼女(妻)も銀行をやめ一緒に店を始めようと、新しいスタートを切ります。まずは店舗探し。神戸から遠くは奈良に至るまであるったけの土地勘を利用して日々駆け回ります。駅の近くなのか学校が多い地区なのかおしゃれな店の多い通りなのか。何が決め手になるのかあやふやなまま、とにかく少しでも多くの物件をと探しているうちに大阪大学へと続く細い通りの物件と出会います。その通りはまさしく学生街の真っ只中にあって定食屋、喫茶店、お好み焼き屋さんなどが軒を連ねていました。兄貴がその大学に行っていたので、あまりファッションに興味がある学生はいないだろうということは耳にしていました。しかしその物件に入ったときのイメージの広がりは、以前に触れた今の池田の物件を始めて見た時と同じものがありました。結局何が決め手になったのか 明確な答えはありません。ただその場所が気に入ったから、それだけです。そして、そこに店舗を構えることを決め準備が始まります。什器を置き、服を掛け雑貨を並べました。しかし約20坪の店の中はがらがら。だからといって、今さらどうすることもできません。そしてオープン前日、石橋の商店街でビラ配りをしました。大丈夫かなという不安と、いや大丈夫だという根拠のない自信が交錯する幕開けでした。そしていよいよオープン。愉快な仲間たちとの出会いの幕開けです。

To be continued.

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2007年3月29日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち8

大学卒業後、銀行に就職しそして無我夢中でがんばったことに対するボーナスは夢にまで見た海外研修でした。それもどういうわけかイタリア!当然行ったことも言葉を勉強したこともありませんでした。まず支店業務から離れて東京のイタリア語学校に3ヶ月通い、そこから単身、今でこそ有名になったペルージャ目指して旅立ちました。当時、ヨーロッパに行くのには給油するためアンカレッジ経由という恐ろしいくらいの遠回りをしなければなりませんでした。結局27時間という時間をかけてミラノに着きます。ミラノ支店に挨拶をし、そこから6時間電車に乗ってペルージャにようやく到着しました。ナポリ外国人大学のペルージャ校に入学する為です。しかし住むところも決まっていないし、学校への入学手続きさえもまだです。生活に関することはすべて現地に入ってから取り掛からなくてはならない状況でした。まず学校へ行ってみようと道を聞きながらとぼとぼ、きょろきょろ歩いていると一人の日本人らしき人が歩いています。ん?どこかで見たことがあります。向こうも私を見ています。あっ!お互いに声をあげました。なんとその人は高校のサッカー部の先輩だったのです。やはり別の銀行から研修に来ていたらしく、梅田で誰かと出会うのとは比べ物にならないくらい、本当に偶然でした。とりあえず今からサッカーをするので一緒に来いと言われたのですが、家も学校の手続きもこれからだと言うと、住む所を紹介してくれて学校の手続きも翌日でいいことがわかり万事休す。言われるままふらふらになりながらサッカーに興じました。

今なら時効だと思うのですが学校の授業はほとんど行っていません。試験と遠足以外は北はミラノから南はナポリ、カプリ島に至るまでイタリア全土を旅行していました。そのほうが確実に言葉は身につきます。美術館、博物館見るものすべてが、歴史や美術の教科書で見たことのあるものばかりで、食べ物にしてもまずいものを食べた覚えがありません。人々は明るく親切でとてもいい国です。そんな学生生活を約8ヶ月ぐらい満喫し、そろそろ帰国に向けて準備を始めていたとき、さらに驚いたことに異例の辞令が出ます。スイスの銀行にトレイニー(研修生)として勤務せよというものでした。当時買収した銀行がスイスにあったのでそこへの出向でした。ルガノというミラノから国境を越えて20分ぐらいのところにある金融都市が次なる勤務地でした。イタリアと隣りあわせという事もあって言葉はイタリア語でOKでした。ここではポートフォリオマネージメントという当時日本の銀行にはない業務についての研修でした。ここで約半年間の任務を終え帰国しました。

日本はバブル全盛期。地価が跳ね上がり本当の価値を超越した虚構にお金が動くそんな時代、大阪梅田に着任しました。梅田界隈も茶屋町開発で色めきたっていました。他の銀行との熾烈な争い。さらに支店間でさえも。目標、ノルマ、達成。そんな日々の繰り返しでした。イタリア行きのボーナスをもらった恩返しをと一生懸命がんばる傍ら、それが虚構に向かっての仕事だという違和感をも感じ始めていました。そして銀行の業務を通じていろんな業種のいろんな会社の人たちと出会うことができたのですが、しかしそれは悲しいかな銀行という看板を背負ってのふれあいでしかなかったのです。本当におおらかで人を人としてふれあうことができたイタリア。自分の求めているものはこんな虚構に向かって吼え続けることでも、周りの人間を踏み台にしてのし上がることでもなっかたはずです。自分の看板でたくさんの人たちに出会い、たくさんの人たちとふれあいたい、そう思い銀行を辞めました。しばらくは自分を見つめなおす意味でもいろんなことを吸収する時間を作りましたが、やはりずっと思い描いていたことを実現したいという強い思いと、またその思いに賛同してくださったいろんな人たちの手助けも合って1995年5月ペップラリーを豊中市待兼山に設立しました。

Old_1 このようにいろんなことがあって今のペップラリーにたどり着きました。だから”古着屋を、雑貨屋をやってみたい”と思い、その気持ちが今本気であれば、”やってみたら!”なのです。飛び込んで見るべきです。そしてこの私が経験してきたことが少しでも役に立つのであれば喜んで協力させてもらいます!銀行に行っていたこともやめたことも後悔したことはありません。むしろ銀行に行っていてよかったことが3つあります。一つは礼儀、作法にはじまって一般常識全般を身に付けれたこと。二つ目はイタリアに行けた事。(最近自分のイタリア語のブラシアップもかねて近所の子供たちにイタリア語を教えています!)そして三つ目。自分の人生にとって一番大きな出来事です。それは妻と出会えたことです。

To be continued.

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2007年3月28日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち7

よく”古着屋をやりたいのですが?”とか”雑貨屋をやりたいのですが?”という相談を受けます。やりたいことを見つけて、それに向かって走り出すことはとても大事なことだと思います。でも一番大事なのは、今その瞬間だけでも、本気なのか、なんとなくなのかです。私は常に日々、人生の通過点だと思っています。なのでこの先自分はどうなっているかわかりません。しかし常に本気であればきっと後悔のない行動ができるだろうし、たとえ思い描いていることと現実とが違ったとしても逃げることなく真正面からぶつかってまた新しい方向を決断できると思うのです。日々いろんな人と出会っていろんなことを吸収し成長したいといつも思います。だから答えは”やってみたら!”です。

前回にも少し触れましたが、古着屋やカフェでの下積みは全くありません。それではどうして今があるのか。その変遷は大学時代にさかのぼります。

漠然としたアメリカへの憧れは依然強いものがありました。しかし、現実として大学3回生の頃からコピーライターという職業に興味を持ち始め、就職は広告代理店にと考えていました。キャッチーなコピーひとつによっていろんな人の心を動かす、そんな仕事にあこがれていました。就職事情は今と全く逆で学生主導。ほどなく広告代理店に内定するのですがこれで就職活動も終わったなとほっとする思いと、いろいろな業種やいろんな会社を知らずに、これでいいのかなと思う気持ちが湧き出してきたのです。そしてこれから先こんな会社訪問する機会なんてないだろうと、おもむろに動き始めました。まず1日目、梅田から難波に向かって御堂筋沿いの目に付いた気になる企業を次々に訪問し始めました。総務部や人事部に行って”御社について話を聞かせてください!”と、当然アポなしで。もちろん門前払いをくらう企業もあれば、役員や社長が出てきてくれる企業も。そして2日目は難波から梅田に向かって。たくさんの人の話が聞けてとても有意義な活動でした。しかしその中で業種関係なしに1社とても気になる企業がありました。結局そこの企業に就職することになるのですが、何が決め手になったかというとそこで自分の話を聞いてくれた人達のすばらしさで、この人たちと働きたいという強い思いが最終決断でした。それまで考えもしていなかった銀行への就職でした。

しかし現実の壁はいきなりやってきます。”学閥”という壁です。そこの銀行は国立大学出身者がほとんどで私のように関西私学の出身者は最初の配属の支店が歴然と違います。関西でいうと、国立大学出身者は梅田、心斎橋近辺の大きな店、その他は大阪の南部。私は何とかぎりぎり大阪市内の配属だったのですが、最初は東京かと思ったぐらい聞かない名前の支店でした。この人たちと働きたいと思って飛び込んだにもかかわらず、その人たちとは働けず、持ち帰りの仕事で夜も寝れず。ふらふらでした。でも負けたくない。納得できるまでがんばろうと2年間つきなみですが死にものぐるいでがんばりました。そしてその結果ひとつのボーナスを授かります。

To be continued.

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2007年3月22日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち6

Kmc_1 宝塚造形芸術大学に隆介と由良っちが入学し、彼らの後輩たちもたくさん来てくれるようになり、特に映像学科の課題である映画の撮影に場所を提供したり、エキストラで参加したりと何かと協力するようになっていました。とかくやる気のない世代だと言われる中にあって、映画を完成させるといったひとつの目標に向かって本当にひたむきに協調して熱く活動する彼らの姿を見ることで、自分の中で忘れかけていた熱いものを呼び起こされる思いを感じることができ協力するというよりはむしろ参加させてもらうという気持ちの方が強かったかもしれません。そんななか、由良っちのひとつ下の後輩から卒業制作のロケに使わせて欲しいと依頼を受けます。

彼の名は嶋田史朗。在学中にして映画”交渉人 真下正義”の助監督を務めたという経歴の持ち主。一見私と同い年かと思わせる風貌。その彼が是非ペップラリーをひとつの重要なポイントとして卒業制作の映画に使わせて欲しい、そしてこの私も!と彼の構想を熱く語ってくれました。その映画は

”KEEP MERRY COMPANY”

海と山に囲まれた辺鄙な田舎の奥の奥に、今年を最後に廃校となる善通寺第二高校、通称“善ニ”があった。善ニ最後の卒業生となる船本知里、藤井敬子、久保田有香、香川真弓、田代京子、大須賀達矢、真鍋知生の8名は、卒業式にも関わらずUNOに興じ、騒ぎ立てていた。

そんな学校最後の日、デザイナーを目指し美大に進学する船本知里に、退職する担任の佐藤先生は閉校記念碑のデザインを最後の頼みとして申し入れる。

それから4年後…記念碑のデザイン原型がお披露目される閉校式典が行なわれるその日、最後の卒業生たちは再び集まる。

だが…知里が記念碑として作った女神像が、謎の8人組に奪われてしまう。はたして女神は閉校式典に間に合うのか、佐藤先生の思いへ答えられるのか、デザイナーを目指す知里は、本当に自分が作りたいものを見つけ出すことが出来るのか…。

抱腹絶倒の女神奪還劇が始まる…!

監督 嶋田史朗 プロデューサー 米田伸夫 撮影 吉川千園 照明 石間友章 録音 荒木レオ 美術 澤一成 松村瑛美 清水智大 衣裳 松原有理 助監督 梅原一眞 脚本 嶋田史朗

キャスト 徳田知子 印東紘子 磯谷小夜子 樋野佳奈子 仲井千代 堀内祐太 今村雄一郎 他


この映画制作にペップラリーを使ってもらうのは全く問題ないどころかむしろ大歓迎なのですが、自分が出演するのは。。”どんな役柄?””そのままで!”一番難しいです。今までエキストラとしては何度か出演してきましたが。まあ、そんなに台詞もないだろうとOKしたものの、後日彼からもらった職業別タウンページなみの脚本を見てびっくり!主人公の女の子との会話がA4判ヨコにぎっしり。それも結構キーパーソン。少しづつ覚えたらいいかなと思っているうちに刻一刻と撮影の日が近づいてきます。それでも何とかなるだろうと楽観的に考えていたのですが。。

撮影は3日間。店はお客さんが入ってきたらカメラを止めてもらうということでお願いしました。気になる台詞は、撮影をすこしづつ切ってもらって、その合間に覚えればいいだろうと思っていました。しかしこの緩い考えは、撮影前日スタッフたちの現場視察と称した緊迫した綿密な打ち合わせをする姿を目の当たりにすることによってもろくも打ち砕かれます。やばい!あせっても今更台詞が頭に入るわけがありません。そして当日。音声、照明、美術、衣装、制作等スタッフ総勢約30人!急遽店はクローズド。完全貸切で撮影開始です。そしていきなり私の出番。それも撮影を切ることのできないシーンでカメラまわしっぱなし。結局カンペを見ながら、かみながら、ぐだぐだで初日の撮影終了。

そして、2日目、3日目と朝9時から夜中1時まで撮影は続きます。”スタート!””テスト!””本番!””カット!”監督の声とそれを復唱するスタッフの熱い声が響きます。あっという間の新鮮なそして熱い3日間でした。

先日完成したDVDをいただきました。約1時間40分の大作です。映像、ストーリー、テンポ、すべてにおいて秀逸で、あっという間に見終わりました。私の演技の悪さも映像の美しさにカーバーされており少し安心したのですが、あまりにも作品がすばらしすぎてもっといい演技ができたらよかったのにと少し後悔したのも事実です。今回ほんとうに参加できてよかったとみんなには感謝しています。そして映画のとおり彼らの卒業アルバムは今、店に置いてあります。

To be continued.

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2007年3月21日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち5

  近くといっても2駅向こうの山の手に”宝塚造形芸術大学”という学校があります。あの宇宙戦艦ヤマトでおなじみの松本零士が特別講師だったり、先生が教育番組のコメントをしていたり、夜中に学校のCMをしたりとなかなかユニークです。この学校と最近いろいろと関わりを持つことになったひとつの要因に彼らの存在がありました。

まず細川隆介。通称、隆介。彼は豊中に店舗を構えていた時、まだ小学生でしたがその時からよく来てくれていました。中学生、高校生になっても通ってくれて、高校3年生の夏休みには来なかった日がなんと1日だけ!という記録の持ち主でもあります。そして彼が連れてきてくれた同じ高校の友達が由良知大。通称由良っち。映画が好きで、将来はその道に進みたいという夢を持っていました。この二人がそろってこの宝塚造形芸術大学に入学します。隆介はファッション学科、由良っちは映像学科。

ある日、由良っちから学校の先生を囲んだパーティーを貸切でしたいという相談を受けます。人数はおよそ40人。日は5月13日。何気なく”ちょうど10周年の日か。”とその時は特には気にも留めず予定を聞いていました。しかしこの5月13日に近づくにつれて、よく来てくれるお客さんの様子が微妙な違いを見せ始めるのですが、気のせいかなと思う反面自分の中でも10周年ということに対する重みや深さを日増しに感じるようになってきました。何か企画してくれているように思うけど、いや期待したらいけない。その日はパーティーの予約が入っているしと、非常に複雑な心境です。家に帰って妻に”何かみんなの様子がおかしい。何か考えてくれているように思うけど、考えすぎかな。”というと”考えすぎ。”との即答。”まあ、そうかな。”と自分に言い聞かせました。そして当日、人数分の料理を朝から準備しパーティーに備えます。と、そこに花が届きます。ああやっぱりみんな覚えてくれていたんだ。とてもうれしかったです。でも関係ないパーティーにこの花は飾れないなと目立たない場所へ。

準備もでき、もうそろそろという時間なのに先生が来ません。どうして?そうはじめた矢先、いろんなお客さんたちが来店し始めます。懐かしい顔ぶれもあります。ん?これはどう考えてもおかしい。そして主催の由良っちを問い詰めると、なんと学校のパーティーとはカモフラージュで、実は10周年のサプライズパーティーをかなり前からみんなで企画してくれていたのです!やられた!自分で自分の料理を作ってしまった!と見破れなかったくやしさがいろんな思いとともにとっさに頭を駆け巡ります。しかし、その思いも時間とともにすこしづつ喜びと感動に変わっていきました。さらに驚いたことに妻と子供たちの姿もそこに!そして一言”黙っていて欲しいって言われたから。”妻までも!と思う反面、自分のなかで感動が息苦しいほどに膨れ上がるのを感じました。そして極めつけは妻からの手紙。10an2_1 不覚にも人前では絶対に見せたくないと思っていた姿をみんなの前で見せる羽目になるとは思いもしませんでした。結局約50名もの仲間たちが駆けつけてくれて、一晩中美酒に10an1_2酔いしれました。本当に心から10年がんばってきてよかった思うとともに、支えてきてくれた愛すべき家族と仲間たちに感謝の気持ちでいっぱいでした。

To be continued.

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2007年3月17日 (土)

ペップラリーと愉快な仲間たち4

よく”好きなものに囲まれて幸せですね。”と言われます。もちろん好きなことを仕事にできて、そして自分の気に入ったものの中で日々過せる。これは本当に幸せなことだと思います。しかしそれ以上にいろんな人との出会いや支えがあって今の自分が存在する。その人たちの中に自分が存在する。そのことが一番私にとって幸せなことで、それを可能にする場所がこの”ペップラリー”なのです。

もちろん生まれて今までいろんな人たちと出会ってきています。幼稚園、小学校、中学校、高校、大学そして社会人。そして今あるこの現状も私にとってひとつの通過点だと考えます。しかし銀行という全く畑違いの仕事から”ペップラリー”へ転進し約12年間。その激動と出会った人たちは恐らく多大に自分に影響を与えてくれていると思います。この人たちなくして”ペップラリー”は語れない。そんな愉快な仲間たちについても次回から少しづつ紹介していきたいと思います。(ただし、登場する順番に深い意味はありません!)

To be continued.

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2007年3月10日 (土)

ペップラリーと愉快な仲間たち3

Cnv0006_1 ペップラリーは何屋なのか?もともとはアメリカの古着からの出発でした。豊中に店を構えた頃は20坪程度、いわゆる古着屋からのスタートでした。そして集めていたファーストフードトイや子供服のヴィンテージが増えはじめ、もう少し広い店舗に移転したいと思うようになりました。そして現在の池田のこの店舗と出会います。閑静な住宅街にあって、半地下で、広さは70坪、隠れ家っぽく、さらに家賃も豊中と一緒、もう移転するしかないでしょうみたいなのりでの即決でした。物件の中に入ったとたん、ここに古着をこう置いて、おもちゃはここに並べて、奥はカフェにしてとイメージが瞬時に広がりました。現在そのイメージがほぼそのまま店内で実現されています。入口にオープンカフェ、少しスロープがあって古着とおもちゃのコーナー、そして一番奥がカフェ”プリティペニーズレインシティカフェ”。大工である義父の手作りの総延長約7メートルのカウンターは自分で言うのも何ですがいつ見ても惚れ惚れします。他にもこのカフェにはギミックがあって、その奥はシアタールーム、そして外の別の階段を下るとここに繋がっているといった、とても面白い造りになっています。ですので結局はっきりいって何屋とは断定できません。子供たちの遊べるスペースも作りました。すべてを含めて家族でゆっくりアメリカを感じてもらえたらなと思います。

思い起こせばまだそんなに古着がメジャーではない中学生の頃、訳もなく三宮から元町の高架下をぶらついていました。あのあたりの独特な雰囲気というかにおいが好きで、折りしもポパイやホットドッグプレスがちょうど創刊され、テレビではアメリカのカーテューンが放送されており、自分の中に異国の文化、特にアメリカに対する憧れが急速に膨れ上がってきた時期でした。そして安くて一番身近なアメリカ、それが古着でした。独特な色合い、可愛いキャラクター、クールな企業もの、たとえ買えなくても見ているだけでワクワクしました。当時ただ漠然とですが、ずっとこれらのものと関わっていきたい。そう強く思った気持ちは一般企業に就職した後も片時も離れることはなく、最終的に今ある自分へと大きく動かすことになりました。

To be continued.

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2007年3月 9日 (金)

ペップラリーと愉快な仲間たち2

Dsc023801_1 PEPRALLY(ペップラリー):一般的にアメリカの高校生なんかのスポーツ競技大会における壮行会、応援合戦。PEPは精神・魂、RALLYはぶつかり合い。

大学生の時に母校である関西学院中学部のサッカー部のコーチをしていました。他のクラブも大学生がコーチをしており、歴代そのコーチ達と近隣の女子大学生が集まってサークルを作り、毎年お客さんを募りスキーツアーを企画し運営していました。私も1回生の時からスタッフとして参加していました。その名も”アムール(愛)”!

2年、3年とスタッフとして参加し、いよいよ引継ぎも終わり私がチーフとして就任することになりました。しかしその”アムール”という名前と度の過ぎたアットホームさがどうしても嫌で、新しい名前と新しい体制で始めたかったのですが、歴代のスタッフ達からの猛反発。伝統やなんやであわや大乱闘、大激論の挙句、なんとか新体制を作ることができました。しかし当然名前を決めなければなりません。いざこういう名前を決めるとなるとなかなか難しいもので時間ばかりが過ぎていきます。そしてやっと決まった名前がこの”ペップラリー”です。ですので思い入れもひとしお。将来社会に出て何か立ち上げる時にも必ずこの名前を使うぞ!と心に誓い、そして今に至ります。

To be continued.

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2007年3月 8日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち1

Dsc023781 1995年5月豊中市待兼山にオープンし、2001年5月に池田市渋谷に移転しました。未だに”何屋さん?””入りにくい!”と言われながら今年で12周年を迎えます。アメリカンペップなものを追求しいろんなものと出会い、そしてたくさんの愉快な仲間たちと出会ってきました。ここで知り合い結婚したカップルが2組あります。たくさんの結婚式に招待されます。12年間続けてきて良かったと思う瞬間です。

ここには子供から大人まで、レギュラーからヴィンテージにいたるまでの古着、たくさんのおもちゃ、アンティーク、そしてカフェがあります。そして最近ではペニーズバーガーなるハンバーガー、ホットドッグ等のジャンクフードも店先で販売しています。本当に”何屋?”みたいな感じになっています。でもやはりそんな中でもアメリカンペップなもの、スピフィーなものを今後も追求していこうと思います。

12周年を目前にブログを始めるにあたって、我が愛すべき家族とこのペップラリーを含め、コレクタブルなものたち、そして愉快な仲間たちを日々紹介できたらなと思います。そしてさらにもっと多くの愉快な仲間たちを増やしていけたらなと思います。

To be continued.

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