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2007年4月29日 (日)

ペップラリーと愉快な仲間たち14

先日中学時代からの後輩と電話をしていてふと気づいたことがありました。彼も私にとって欠かすことの出来ない愉快な仲間の一人だと。忘れていたというより意識していないぐらい近い存在に感じていたからだと思います。彼の名前は時武俊之。いつもにこにこ、へらへらしている見掛けとは違って頭脳明晰、時としてリーダーシップも発揮します。彼との出会いは私が中学2年生の時でした。中学時代はタッチフットボールというアメリカンフットボールのジュニア版のクラブに所属していました。ジュニア版といってもヘルメット他の防具はアメリカンフットボール用の本格的なもので、唯一ボールを持っている人へのタックルが禁止されていて上半身にタッチをしてプレーを止めるというところが違うだけの結構激しいスポーツです。実際私も3年間のうち2回骨折しています。中学でこのクラブがあるところが当時まだ少なかったため、一回勝てばアメリカンフットボールの天王山、甲子園ボウルへの出場が決まり、もう一回勝てば日本一と、中学生ながらとても誇らしげに思っていました。このクラブに彼が新入生で入部してきたのです。最初は当然クラブの先輩と後輩という関係でしたが、彼とよく話すようになったのは私が3年生の時、生徒会の副会長をしており、次期副会長もタッチフットボール部から擁立しようと彼に決めたぐらいの時からでした。そして選挙にも当選し彼にバトンタッチすることになります。

高校にあがり私はサッカー部に、彼はアメリカンフットボール部に入りしばらくは別々の活動をしていました。その後大学で、以前書いたように私は母校のサッカー部のコーチに、彼も翌年タッチフットボール部のコーチになり、スキーツアー”ペップラリー”の初代スタッフとしてミーティングと称し夜遅くまで事あるごとに日々つるむようになったのです。もうその頃には先輩後輩は意識していませんでした。”ペップラリー”という名前を提案したのも実は彼周辺(ここはあえて濁しておきます)からなのです。そして現在に至るまで、ペップラリーや私たち家族のことをいつも気遣ってくれて、いろんな面で迷惑をかっけぱなしなのにもかかわらず、そう頻繁ではないにしろ、来店してくれたりBBQに行ったりと家族ぐるみでお付き合いをさせてもらっています。彼の存在も私にとって欠くことのできない、若い仲間とはまた違う心の支えであることは間違いありません。彼との付き合いを考えると、本当の”仲間”というものはたとえどんなに長い期間会っていなくても会えばたちまちその当時の空気がよみがえる、そういった関係のことを言うんだなとつくづく思います。

To be continued.

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