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2007年3月

2007年3月31日 (土)

スペアリブ1

  昨日にも少し触れましたが、日本ではスナックを除いてBBQ味のものは身近にありません。マクドナルドのチキンナゲットの甘い?方のソースかウェンデイーズのBBQバーガーかぐらいで、まだまだなじみの浅い味だといっても過言ではないでしょう。個人的にはBBQソースをアメリカで買って帰ったり、通販で取り寄せたりするぐらいかなり好きで、狂牛病問題のあおりで一時マーケットから全く姿を消したときにはとてもショックでした。今は取り寄せることも容易にでき、メニューには欠かせない存在のBBQホットドッグの重要な味のポイントになっています。

そんなBBQ味の最高峰に君臨しているのが(少し大げさですが)スペアリブだと思っています。スペアリブと一口に言ってもいろんな料理があります。そのまま塩コショウで炒めるだけとか、たれをつけて焼くとかさまざまです。しかしやっぱり最終的にBBQソースで煮込んでやわらかくほぐれるくらいのスペアリブが最高です。もちろんハンバーガー、ホットドッグも大好きです。しかしまたちょっと高貴な違うポジションに存在します。なので買い付けが終わって、荷物を輸送会社に出荷し終わったディナーにといつも思っています。しかし前回にも少し触れましたが、ガソリンスタンドやスーパーのデリ(お惣菜屋さん)にランチを買いに行ったときにスペアリブがホットショーケースに並んでいるとついつい誘惑に負けて買ってしまいます。運転しながらなので手はもちろん、口の周り、ハンドルもベトベト、大変な状態ですが、もう上機嫌。その店その店独自の微妙な味付けの違いを堪能します。つらいですが昼からビールは絶対飲みません!Bbq_2

スペアリブメインでチェーン展開しているレストランも多くその中でも”トニーローマ”が有名です。関西にはなくなってしまいましたが、東京には支店があり、少々高価ですが味は間違いないです。アメリカでは店によって曜日が違うのですが食べ放題の日があって、16ドルでスペアリブ三昧です。しかしコールスローやコーン、温野菜などサイドディッシュも充実していて、そちらに気をとられているとメインのスペアリブが食べれなくなってしまいます。一度食べ放題の日に行って、自分ではかなり食べたつもりでいたのですが、店員が来て”ふん!もう終わり?”と屈辱的な笑みを浮かべて立ち去っていき、何か複雑な気持ちになった覚えがあります。でもそれに対して男気を見せれないくらいおなかいっぱいでした。Fuckup_1

こういったチェーン店の他にもそうたくさんはないですがBBQスペアリブを売りにしているカフェや個人の小さいレストランがあります。よく行く割には名前を覚えていないというより名前なんて関係ないぐらいおいしいお気に入りの店があります。まず上の写真。シアトルのスターバックス本社の近くにあるカフェのスペアリブです。コールスローサラダとコーンケーキがサイドで付いています。そして左側はホットリンク。唐辛子とハラペーニョを練りこんだ辛口のソーセージです。この味も最高で何とかメニューに出来ないものかと現在試作中です。そして下の写真が元ヘビー級の黒人ボクサーがオーナーのスペアリブです。甲乙付け難いのですが、恐らく今まで食べた中で一番おいしいスペアリブです。”フックアップ”という吊り上げる、おいしいとこ取りみたいな意味どおり、ポーク、チキン、ソーセージとすべての味が楽しめます。さらにキャベツの煮たもの、コーンケーキのフライ、さらにキャットフィッシュ(なまず)のフライが付いてたったの10ドル!最初はオーナーがあまりにもいかついのでなかなか入れなっかたのですが、屋外で炭火で焼いているにおいとBBQソースのにおいに我慢できず、友達を誘ってやっと実現しました。

ハンバーガーやホットドッグに加えてこのスペアリブもメニューに入れれたらと思うのですが手間やコストを考えるとまだまだ実現は難しいです。パーティや仲間でBBQをしたりするときは作ったりしているのですが。まずはBBQホットドッグ、そしてBBQホットリンクス、最終目標はBBQスペアリブとメニューを増やせていけたらなと思っています。

To be continued.

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2007年3月30日 (金)

ケンタッキーフライドチキン(Kentucky Fried Chicken)

Kfc_1 日本でもカーネルサンダースでおなじみのケンタッキー。当然全米に展開しています。不思議と無性に食べたくなるときがあります。ただ夜は10時までなので買い付けの予定が早めに終わった時だけの楽しみです。写真はチキン2つとコーンとペプシのセットとコールスロー、右の箱はハニーBBQチキンです。日本のケンタッキーとそんなに変わらない。一見そう見えますがよーく見てください。隣にある電話と比べてみると!そうこのサイズのチキンが2ピースとコールスローのスモール!です。以前このサイズとは知らずに4ピースを注文してとんでもない目にあった覚えがあります。ちなみにコールスローのラージはカップヌードルの大きさぐらいあり、食べ切れません。必然的に朝食に。そしてコーンが一本とペプシのスモール。コーンはポテトやビスケットに変えることができます。もうそれだけで十分なのにハニーBBQチキンもこのとき注文してしまいました。このソースの甘辛さがまた絶妙でビールにぴったりです。日本ではスナックをのぞいてBBQ味のものを身近に食べることはなかったので、この味をなんとか日本でもと、BBQホットドッグもメニューに仲間入りさせました。そして私がBBQ味の最高峰と称する”スペアリブ”についても次回紹介したいと思います。

To be continued.

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2007年3月29日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち8

大学卒業後、銀行に就職しそして無我夢中でがんばったことに対するボーナスは夢にまで見た海外研修でした。それもどういうわけかイタリア!当然行ったことも言葉を勉強したこともありませんでした。まず支店業務から離れて東京のイタリア語学校に3ヶ月通い、そこから単身、今でこそ有名になったペルージャ目指して旅立ちました。当時、ヨーロッパに行くのには給油するためアンカレッジ経由という恐ろしいくらいの遠回りをしなければなりませんでした。結局27時間という時間をかけてミラノに着きます。ミラノ支店に挨拶をし、そこから6時間電車に乗ってペルージャにようやく到着しました。ペルージャ外国人大学に入学する為です。しかし住むところも決まっていないし、学校への入学手続きさえもまだです。生活に関することはすべて現地に入ってから取り掛からなくてはならない状況でした。まず学校へ行ってみようと道を聞きながらとぼとぼ、きょろきょろ歩いていると一人の日本人らしき人が歩いています。ん?どこかで見たことがあります。向こうも私を見ています。あっ!お互いに声をあげました。なんとその人は高校のサッカー部の先輩だったのです。やはり別の銀行から研修に来ていたらしく、梅田で誰かと出会うのとは比べ物にならないくらい、本当に偶然でした。とりあえず今からサッカーをするので一緒に来いと言われたのですが、家も学校の手続きもこれからだと言うと、住む所を紹介してくれて学校の手続きも翌日でいいことがわかり万事休す。言われるままふらふらになりながらサッカーに興じました。

今なら時効だと思うのですが学校の授業はほとんど行っていません。試験と遠足以外は北はミラノから南はナポリ、カプリ島に至るまでイタリア全土を旅行していました。そのほうが確実に言葉は身につきます。美術館、博物館見るものすべてが、歴史や美術の教科書で見たことのあるものばかりで、食べ物にしてもまずいものを食べた覚えがありません。人々は明るく親切でとてもいい国です。そんな学生生活を約8ヶ月ぐらい満喫し、そろそろ帰国に向けて準備を始めていたとき、さらに驚いたことに異例の辞令が出ます。スイスの銀行にトレイニー(研修生)として勤務せよというものでした。当時買収した銀行がスイスにあったのでそこへの出向でした。ルガノというミラノから国境を越えて20分ぐらいのところにある金融都市が次なる勤務地でした。イタリアと隣りあわせという事もあって言葉はイタリア語でOKでした。ここではポートフォリオマネージメントという当時日本の銀行にはない業務についての研修でした。ここで約半年間の任務を終え帰国しました。

日本はバブル全盛期。地価が跳ね上がり本当の価値を超越した虚構にお金が動くそんな時代、大阪梅田に着任しました。梅田界隈も茶屋町開発で色めきたっていました。他の銀行との熾烈な争い。さらに支店間でさえも。目標、ノルマ、達成。そんな日々の繰り返しでした。イタリア行きのボーナスをもらった恩返しをと一生懸命がんばる傍ら、それが虚構に向かっての仕事だという違和感をも感じ始めていました。そして銀行の業務を通じていろんな業種のいろんな会社の人たちと出会うことができたのですが、しかしそれは悲しいかな銀行という看板を背負ってのふれあいでしかなかったのです。本当におおらかで人を人としてふれあうことができたイタリア。自分の求めているものはこんな虚構に向かって吼え続けることでも、周りの人間を踏み台にしてのし上がることでもなっかたはずです。自分の看板でたくさんの人たちに出会い、たくさんの人たちとふれあいたい、そう思い銀行を辞めました。しばらくは自分を見つめなおす意味でもいろんなことを吸収する時間を作りましたが、やはりずっと思い描いていたことを実現したいという強い思いと、またその思いに賛同してくださったいろんな人たちの手助けも合って1995年5月ペップラリーを豊中市待兼山に設立しました。

Old_1 このようにいろんなことがあって今のペップラリーにたどり着きました。だから”古着屋を、雑貨屋をやってみたい”と思い、その気持ちが今本気であれば、”やってみたら!”なのです。飛び込んで見るべきです。そしてこの私が経験してきたことが少しでも役に立つのであれば喜んで協力させてもらいます!銀行に行っていたこともやめたことも後悔したことはありません。むしろ銀行に行っていてよかったことが3つあります。一つは礼儀、作法にはじまって一般常識全般を身に付けれたこと。二つ目はイタリアに行けた事。(最近自分のイタリア語のブラシアップもかねて近所の子供たちにイタリア語を教えています!)そして三つ目。自分の人生にとって一番大きな出来事です。それは妻と出会えたことです。

To be continued.

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2007年3月28日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち7

よく”古着屋をやりたいのですが?”とか”雑貨屋をやりたいのですが?”という相談を受けます。やりたいことを見つけて、それに向かって走り出すことはとても大事なことだと思います。でも一番大事なのは、今その瞬間だけでも、本気なのか、なんとなくなのかです。私は常に日々、人生の通過点だと思っています。なのでこの先自分はどうなっているかわかりません。しかし常に本気であればきっと後悔のない行動ができるだろうし、たとえ思い描いていることと現実とが違ったとしても逃げることなく真正面からぶつかってまた新しい方向を決断できると思うのです。日々いろんな人と出会っていろんなことを吸収し成長したいといつも思います。だから答えは”やってみたら!”です。

前回にも少し触れましたが、古着屋やカフェでの下積みは全くありません。それではどうして今があるのか。その変遷は大学時代にさかのぼります。

漠然としたアメリカへの憧れは依然強いものがありました。しかし、現実として大学3回生の頃からコピーライターという職業に興味を持ち始め、就職は広告代理店にと考えていました。キャッチーなコピーひとつによっていろんな人の心を動かす、そんな仕事にあこがれていました。就職事情は今と全く逆で学生主導。ほどなく広告代理店に内定するのですがこれで就職活動も終わったなとほっとする思いと、いろいろな業種やいろんな会社を知らずに、これでいいのかなと思う気持ちが湧き出してきたのです。そしてこれから先こんな会社訪問する機会なんてないだろうと、おもむろに動き始めました。まず1日目、梅田から難波に向かって御堂筋沿いの目に付いた気になる企業を次々に訪問し始めました。総務部や人事部に行って”御社について話を聞かせてください!”と、当然アポなしで。もちろん門前払いをくらう企業もあれば、役員や社長が出てきてくれる企業も。そして2日目は難波から梅田に向かって。たくさんの人の話が聞けてとても有意義な活動でした。しかしその中で業種関係なしに1社とても気になる企業がありました。結局そこの企業に就職することになるのですが、何が決め手になったかというとそこで自分の話を聞いてくれた人達のすばらしさで、この人たちと働きたいという強い思いが最終決断でした。それまで考えもしていなかった銀行への就職でした。

しかし現実の壁はいきなりやってきます。”学閥”という壁です。そこの銀行は国立大学出身者がほとんどで私のように関西私学の出身者は最初の配属の支店が歴然と違います。関西でいうと、国立大学出身者は梅田、心斎橋近辺の大きな店、その他は大阪の南部。私は何とかぎりぎり大阪市内の配属だったのですが、最初は東京かと思ったぐらい聞かない名前の支店でした。この人たちと働きたいと思って飛び込んだにもかかわらず、その人たちとは働けず、持ち帰りの仕事で夜も寝れず。ふらふらでした。でも負けたくない。納得できるまでがんばろうと2年間つきなみですが死にものぐるいでがんばりました。そしてその結果ひとつのボーナスを授かります。

To be continued.

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2007年3月27日 (火)

ジャックインザボックス(Jack in the box)

Jack_1 買い付けに行っている間、モーテルに入るのは大体、夜中の1時から2時位になることが多く、それから買い付けた古着であったりおもちゃの整理をします。そしてそれが終わってから晩ごはんになるわけですが、もうどこも当然開いていません。そうすると24時間営業のファミリーレストランかファーストフードのドライブスルーどちらかの選択になります。結局早く持ち帰ってビールでも飲みたいということでドライブスルーを利用するほうが圧倒的に多くなります。そしてその際によく利用するのがそのとぼけたキャラクターでおなじみのジャックインザボックスという全米に展開するハンバーガーチェーンです。なぜ良く利用するのかといえば、ハンバーガーもさることながらビールの”あて”にいいサイドディッシュ的なメニューがとても豊富なのです。

写真左から代表的なアルティメットバーガー、右の箱左奥がハラペーニョポッパー(辛いハラペーニョの中にモッツァレッラチーズを入れディープフライしたものにサワークリームをディップして)、箱右奥がスプリングロール(春巻き、これに甘酸っぱいスィートアンドサワーソースをディップして)、そして手前がチリカーリーフライ(ジャガイモをくるくるに削ってそのままの形でフライしチリをかけたもの)。思い出しただけでもおなかが。。ただこれがセットになっているわけではなく別々のメニューです。他にもテリヤキボウル(チキンの照り焼きが白ご飯に乗っています!テリヤキはもう英語になっていてそれ専門のレストランがいっぱいあります。テリヤキについては後日詳しく。)など独特のメニューがあるので目が離せません。さらに個性豊かなミールトイも魅力的です!

To be continued.

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2007年3月26日 (月)

セブンイレブン(Seven Eleven)

711_1 買い付けに行ったときの朝食は、少しいいモーテルに泊まるとコンチネンタルブレックファーストという何やら堅苦しい名前の朝ごはんが付きます。何のことはないパンやドーナッツと飲み物をご自由にという形式のものです。しかしほとんどは安モーテルに泊まるのでほとんどがセブンイレブンを利用します。そしてホットドッグで一日が始まります。毎朝食べても全く平気です。

まずソーセージの種類を選びます。大きいの、小さいの(充分大きいですが)、辛いの、ハンバーグが棒状になったもの他いろいろ、ホットショーケースのなかでぐるぐる回っています。種類を決めるとホイッとパンにはさんで箱に入れて渡されます。後はセルフサービス。オニオン、ピクルスは乗せ放題。そしてソース。ケチャップ、マスタードは当たり前。後はチリソースにチーズソースと朝からとても楽しいです。さらに極めつけはハラペーニョ(しし唐の辛い”あたり”みたいなもの)。もうすでに日本から持ってきた柿の種がなくなっていることが多いので眠気対策として山盛りホットドッグの箱に入れ完成です!

写真にある”BIG BITE”のコンビネーションをよく買います。ちなみにホットドッグの箱が約20センチ、ドリンクは”BIG GLUP”とよばれる946ml用のカップ。(これよりもまだ大きいサイズがあります!)普通の缶ジュース2.7本分!これぐらいが実はちょうど昼ぐらいまでもっていい感じです。あとこれにスナックが一袋付いて約400円弱です!これをほおばりながら次なる朝一の目的地めざしひた走ります。

日本でジュース、スナック付きで400円は、売る側にすればとても厳しいです。コストコでない限り、はっきりいって不可能です。でも何とか近い形にしたいと負けないくらいのボリュームでメニューにホットドッグを仲間入りさせました。特に特製BBQソースとレタス、マヨネーズ、チリパウダーをトッピングしたBBQホットドッグはペニーズバーガーに引けをとらないボリュームで人気商品のひとつです。

To be continued.

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2007年3月25日 (日)

ディックス(Dick's)

Dicks_1 買い付けはその時々によって違いますが、西海岸を主に北はカナダバンクーバーから南はサンディエゴ、そしてアリゾナ州フェニックスまでの範囲を移動します。その途中でワシントン州シアトル、オレゴン州ポートランド、カリフォルニア州サンフランシスコ、ロスと大きな町にも立ち寄ることがあります。そのなかでも個人的にはシアトルが好きです。緑があって湖があって、近代的な建物、文化的な施設、そして古いものに造詣が深いそんな町です。代表されるのはボーイング社、マイクロソフト社、ジミーヘンドリックスそしてシアトル系と呼ばれるコーヒー会社。スターバックス、タリーズ、シアトルズベストをはじめ、スーパーや駐車場、道路に面し少しスペースさえあれば、いろんな場所にコーヒースタンドがあります。そして地元の人たちはそれぞれお気に入りの店をもち毎朝出勤前に立ち寄ります。なぜシアトルなのか。一説には雨のせいだと言われています。春から夏にかけてのすばらしい天候とはうってかわって、冬はどんよりほとんどが雨です。アメリカの中でも住みたい都市の上位にありながら雨がもっとも多い地域にはいり、実は自殺者も多いといいます。そんな気分が滅入った時にコーヒーを飲むようになったとシアトルの友人が教えてくれたのですが。。しかし住んでいない、たまに訪れるものにとってその暗い冬を忘れさせてくれる程、春夏の気候はすばらしいものがあります。

そんなシアトルに魅せられて、私事で恐縮ですが9年前結婚式をあげました。シアトルの象徴スペースニードルの見える湖畔にガスワークスパークという公園があります。その昔ガス工場がありその工場の一部がモニュメントとして残された非常に雰囲気のある公園です。別に教会があるわけでも式場があるわけでもありません。言ってみればただの公園ですが、この空間で結婚式を挙げたい。漠然とそう思ったのです。そして買い付けもかねてシアトルに来て、牧師さんをよんでシアトルの友達夫婦とニューヨークに住む彼女のお姉さん夫婦とに来てもらい式を挙げました。そう公園にタキシードとウェディングドレスを着たカップルが。宣誓からはじまり滞りなく終わりかけた頃、突然の拍手。えっ。と思って見渡すと湖でカヌーを楽しんでいた人たちが知らない間にあつまってきてくれてカヌー上から拍手を贈ってくれたのです。とても感動しました。そして式も終わり帰ろうとした時。公園の管理をしている人たちが数台の車に乗ってやってきました。やばい!許可をとらずにここで式を挙げて、怒られるかも!と思った瞬間いっせいにみんながクラクションを鳴らし始めました。怒っている!と思ったのですが良く聴いてみるとそれはなんと結婚式のテーマだったのです!みんなが揃って、片手をつきあげて祝福してくれています。熱いものがこみ上げてきました。本当にうれしかったです。

こんな思い出深いシアトルなのですが、立ち寄るときに必ず行くこの近辺にしかないディックスというハンバーガー屋があります。写真でもわかるように完全な50’sスタイルを貫いている店でいつも、いつ行っても行列が出来ています。ここのハンバーガーの写真がないのが残念ですが、ぱっと見は大きさも普通です。何が違うのか。ソースとそれにあったパティがインパクトを与えています。そしてここのハンバーガーのソースも多大にペニーズバーガーに影響を与えているのは言うまでもありません。

To be continued.

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2007年3月24日 (土)

バーガーキング(Burger King)

Bk_1 アメリカに買い付けに行ってどこのハンバーガーを一番食べているか。もちろん前回に少し触れましたができるだけいろんなところで食べてみたいとは常々思っています。でもその味、そのボリュームからいってやはりバーガーキングのワッパー”Whopper”と呼ばれるハンバーガーを一番食べていると思います。他店のものも当然おいしいのですが、鉄板ではなく直火焼きの香ばしいにおいに大げさでもなく、前を通るとついつい引き込まれてしまいます。また約15センチにも及ぶワッパーは長距離を運転するにはうってつけのボリュームなのです。写真端の携帯電話と大きさを比較してもらえばそのボリュームも理解していただけると思います。そして価格。食べる州によって違うのですがだいたい1.99ドルから2.99ドルです。およそ230円から340円!

バーガーキングはフロリダ州マイアミに本社を置く、マクドナルドに継ぐ全米第2位のハンバーガーチェーンです。世界65ヶ国に展開していますがオーストラリアでは”ハングリージャック”という名前で知られています。今でこそディズニーをはじめとするメジャーなキャラクターのミールトイを出しています が1980年代後半から1990年代前半にかけてのミールトイはオリジナルキャラクターをはじめ傑作が多くコレクターの間でも非常に人気が高いです。

日本でも1996年から店舗展開していましたが、沖縄の一部の米軍基地内を除いて2001年日本から完全撤退しました。しかし今年の夏からロッテリアとの提携で首都圏を中心に復活するそうです。

どこまでアメリカの味とボリュームを再現できるのか。アメリカ本社のそれもマクドナルド慣れした日本というマーケットに、再度上陸するハンバーガーチェーンにとって常に突きつけられた大きなテーマで、ある程度おいしい月並みなものを作るだけでは飽きられるまで時間の問題です。加えて何か他にはないオリジナリティとインパクトが間違いなく必要です。これは当店のペニーズバーガーに関しても同じことで、ゆえにいろいろ試行錯誤し以前に触れた過程を経て、120グラムのパティ(一般によく知られるところのハンバーガーのパティの約3倍)にオニオンリング、タルタルソース、フレッシュトマトにレタスといった味、食感、ボリュームを意識したペニーズバーガーを完成させたのです。

その他にもペニーズバーガーや他のメニューを作るうえで多大な影響を与えたり、やはり渡米時に必ず食べるジャンクフードについても引き続き紹介していきたいと思います。

To be continued.

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2007年3月23日 (金)

買い付け1

Buy_2 古着やトイは以前にも少し触れましたがほとんどアメリカへの買い付けで仕入れています。最近はその頻度もかなり少なくなってきましたが、多いときは2ヶ月に一度は渡米していました。基本的には一人で渡米し、空港でレンタカーを借りて、車で走ります。いつも2500kmから3500kmの大移動です。宿泊はモーテル(写真)を使います。一泊40ドル以上であれば大体衛生面でも治安面でも問題ないと思います。たまに20ドル以下のモーテルも見かけますが。。日本ではないので何かあってからでは遅いと思います。

なぜ一人でなのか。答えは簡単です。自分のスケジュールで動けるから。高速はまず混むことがないので目的地までの時間がおよそ読めます。しかし渡米している間に多くのポイントを回りたいと思うのでかなり過密なスケジュール、それも分単位のスケジュールを組んでいます。ですので複数で行動することによって朝ゆっくりしたいとか、おなかがすいたので何か食べたいとか、休憩したいとかというそれぞれの願望が予定を大幅に崩す恐れがあるからです。当然連続しての運転はかなりきついものがあります。昼間の移動はそうでもないのですが、できるだけ日本人の少ないところに行きたいので目的地も辺鄙なところ、移動も長距離になり、有効に時間を使うために夜中の走行となります。となると眠気との戦いです。特に渡米して間もない頃は、時差ボケを経験されたことのある人ならよくご存知だと思いますが、眠気がガクン!ときます。いろいろ試してみたのですが一番効果的なのがなんと日本から持参の柿の種とコーラ。ブラックガムなんて味がなくなって、そしゃくが単調になれば即座に眠気が襲ってきます。

ある時、夜西海岸の空港に到着し、レンタカーを借り、次の朝の目的地まで車を走らせている途中やはり突然の眠気に襲われます。そこで例の日本から持ってきた柿の種を出しコーラを飲みながらなんとか眠気をしのぎます。3時間ぐらい走った頃トイレが行きたくなったので高速をおりガソリンスタンドへ。ついでにガソリンも入れておこうと車を降り店員に満タンお願いします。と言ったのですが、僕の姿を見て店員の目が点になっています。別に日本人が珍しいわけでもないのにと不思議に思いながらトイレに入りました。そして、鏡に映った自分の姿を見てびっくり!なんと胸の辺りに口に入れそこなった柿の種がびっしりこびりついているではありませんか!たぶんアメリカ人がそんなに見たこともない形のそれもしょうゆ色に鉄火っている物体。そりゃびっくりするわなと恥ずかしさとおかしさでその場をそそくさと立ち去りました。

このようにガソリンを入れたり、トイレに行ったりするのにガソリンスタンドにはよく立ち寄ります。過密なスケジュールなので特に長距離の移動中は、ほとんどレストランなど席について食べることはなくガソリンスタンドにあるコンビニで食べ物を買ったり、近くのファーストフード店でドライブスルーしたりしています。ガソリンスタンドオリジナルのデリ(テイクアウト専門のお惣菜さんみたいなもので日本のコンビニのホットショーケースにあるようなものが多種大量に並んでいます!)や、もちろんファーストフードトイでおなじみのハンバーガーショップ、その地域限定のご当地ハンバーガーショップなど、長旅の中のひとつの楽しみです。

そんな買い付けの合間で立ち寄っている、私のお気に入りのハンバーガーだけにとどまらないアメリカならではのジャンクフードについても少しづつ紹介していきたいと思います。

To be continued.

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2007年3月22日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち6

Kmc_1 宝塚造形芸術大学に隆介と由良っちが入学し、彼らの後輩たちもたくさん来てくれるようになり、特に映像学科の課題である映画の撮影に場所を提供したり、エキストラで参加したりと何かと協力するようになっていました。とかくやる気のない世代だと言われる中にあって、映画を完成させるといったひとつの目標に向かって本当にひたむきに協調して熱く活動する彼らの姿を見ることで、自分の中で忘れかけていた熱いものを呼び起こされる思いを感じることができ協力するというよりはむしろ参加させてもらうという気持ちの方が強かったかもしれません。そんななか、由良っちのひとつ下の後輩から卒業制作のロケに使わせて欲しいと依頼を受けます。

彼の名は嶋田史朗。在学中にして映画”交渉人 真下正義”の助監督を務めたという経歴の持ち主。一見私と同い年かと思わせる風貌。その彼が是非ペップラリーをひとつの重要なポイントとして卒業制作の映画に使わせて欲しい、そしてこの私も!と彼の構想を熱く語ってくれました。その映画は

“KEEP MERRY COMPANY”

海と山に囲まれた辺鄙な田舎の奥の奥に、今年を最後に廃校となる善通寺第二高校、通称“善ニ”があった。善ニ最後の卒業生となる船本知里、藤井敬子、久保田有香、香川真弓、田代京子、大須賀達矢、真鍋知生の8名は、卒業式にも関わらずUNOに興じ、騒ぎ立てていた。

そんな学校最後の日、デザイナーを目指し美大に進学する船本知里に、退職する担任の佐藤先生は閉校記念碑のデザインを最後の頼みとして申し入れる。

それから4年後…記念碑のデザイン原型がお披露目される閉校式典が行なわれるその日、最後の卒業生たちは再び集まる。

だが…知里が記念碑として作った女神像が、謎の8人組に奪われてしまう。はたして女神は閉校式典に間に合うのか、佐藤先生の思いへ答えられるのか、デザイナーを目指す知里は、本当に自分が作りたいものを見つけ出すことが出来るのか…。

抱腹絶倒の女神奪還劇が始まる…!

監督 嶋田史朗 プロデューサー 米田伸夫 撮影 吉川千園 照明 石間友章 録音 荒木レオ 美術 澤一成 松村瑛美 清水智大 衣裳 松原有理 助監督 梅原一眞 脚本 嶋田史朗

キャスト 徳田知子 印東紘子 磯谷小夜子 樋野佳奈子 仲井千代 堀内祐太 今村雄一郎 他

この映画制作にペップラリーを使ってもらうのは全く問題ないどころかむしろ大歓迎なのですが、自分が出演するのは。。”どんな役柄?””そのままで!”一番難しいです。今までエキストラとしては何度か出演してきましたが。まあ、そんなに台詞もないだろうとOKしたものの、後日彼からもらった職業別タウンページなみの脚本を見てびっくり!主人公の女の子との会話がA4判ヨコにぎっしり。それも結構キーパーソン。少しづつ覚えたらいいかなと思っているうちに刻一刻と撮影の日が近づいてきます。それでも何とかなるだろうと楽観的に考えていたのですが。。

撮影は3日間。店はお客さんが入ってきたらカメラを止めてもらうということでお願いしました。気になる台詞は、撮影をすこしづつ切ってもらって、その合間に覚えればいいだろうと思っていました。しかしこの緩い考えは、撮影前日スタッフたちの現場視察と称した緊迫した綿密な打ち合わせをする姿を目の当たりにすることによってもろくも打ち砕かれます。やばい!あせっても今更台詞が頭に入るわけがありません。そして当日。音声、照明、美術、衣装、制作等スタッフ総勢約30人!急遽店はクローズド。完全貸切で撮影開始です。そしていきなり私の出番。それも撮影を切ることのできないシーンでカメラまわしっぱなし。結局カンペを見ながら、かみながら、ぐだぐだで初日の撮影終了。

そして、2日目、3日目と朝9時から夜中1時まで撮影は続きます。”スタート!””テスト!””本番!””カット!”監督の声とそれを復唱するスタッフの熱い声が響きます。あっという間の新鮮なそして熱い3日間でした。

先日完成したDVDをいただきました。約1時間40分の大作です。映像、ストーリー、テンポ、すべてにおいて秀逸で、あっという間に見終わりました。私の演技の悪さも映像の美しさにカーバーされており少し安心したのですが、あまりにも作品がすばらしすぎてもっといい演技ができたらよかったのにと少し後悔したのも事実です。今回ほんとうに参加できてよかったとみんなに感謝しています。さらに無理を言ってペップラリー用に編集したPVも作ってもらいました。そして映画のとおり彼らの卒業アルバムは今、店に置いてあります。

To be continued.

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2007年3月21日 (水)

ペップラリーと愉快な仲間たち5

  近くといっても2駅向こうの山の手に”宝塚造形芸術大学”という学校があります。あの宇宙戦艦ヤマトでおなじみの松本零士が特別講師だったり、先生が教育番組のコメントをしていたり、夜中に学校のCMをしたりとなかなかユニークです。この学校と最近いろいろと関わりを持つことになったひとつの要因に彼らの存在がありました。

まず細川隆介。通称、隆介。彼は豊中に店舗を構えていた時、まだ小学生でしたがその時からよく来てくれていました。中学生、高校生になっても通ってくれて、高校3年生の夏休みには来なかった日がなんと1日だけ!という記録の持ち主でもあります。そして彼が連れてきてくれた同じ高校の友達が由良知大。通称由良っち。映画が好きで、将来はその道に進みたいという夢を持っていました。この二人がそろってこの宝塚造形芸術大学に入学します。隆介はファッション学科、由良っちは映像学科。

ある日、由良っちから学校の先生を囲んだパーティーを貸切でしたいという相談を受けます。人数はおよそ40人。日は5月13日。何気なく”ちょうど10周年の日か。”とその時は特には気にも留めず予定を聞いていました。しかしこの5月13日に近づくにつれて、よく来てくれるお客さんの様子が微妙な違いを見せ始めるのですが、気のせいかなと思う反面自分の中でも10周年ということに対する重みや深さを日増しに感じるようになってきました。何か企画してくれているように思うけど、いや期待したらいけない。その日はパーティーの予約が入っているしと、非常に複雑な心境です。家に帰って妻に”何かみんなの様子がおかしい。何か考えてくれているように思うけど、考えすぎかな。”というと”考えすぎ。”との即答。”まあ、そうかな。”と自分に言い聞かせました。そして当日、人数分の料理を朝から準備しパーティーに備えます。と、そこに花が届きます。ああやっぱりみんな覚えてくれていたんだ。とてもうれしかったです。でも関係ないパーティーにこの花は飾れないなと目立たない場所へ。

準備もでき、もうそろそろという時間なのに先生が来ません。どうして?そうはじめた矢先、いろんなお客さんたちが来店し始めます。懐かしい顔ぶれもあります。ん?これはどう考えてもおかしい。そして主催の由良っちを問い詰めると、なんと学校のパーティーとはカモフラージュで、実は10周年のサプライズパーティーをかなり前からみんなで企画してくれていたのです!やられた!自分で自分の料理を作ってしまった!と見破れなかったくやしさがいろんな思いとともにとっさに頭を駆け巡ります。しかし、その思いも時間とともにすこしづつ喜びと感動に変わっていきました。さらに驚いたことに妻と子供たちの姿もそこに!そして一言”黙っていて欲しいって言われたから。”妻までも!と思う反面、自分のなかで感動が息苦しいほどに膨れ上がるのを感じました。そして極めつけは妻からの手紙。10an2_1 不覚にも人前では絶対に見せたくないと思っていた姿をみんなの前で見せる羽目になるとは思いもしませんでした。結局約50名もの仲間たちが駆けつけてくれて、一晩中美酒に10an1_2酔いしれました。本当に心から10年がんばってきてよかった思うとともに、支えてきてくれた愛すべき家族と仲間たちに感謝の気持ちでいっぱいでした。

To be continued.

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2007年3月20日 (火)

マクドナルドコレクション2

Dsc024351_1   アメリカでは1981年、カナダでは1980年と1986年にマクドナルドで配布されたペンシルホルダーのハッピーミールトイです。国によってさらに年代によって微妙に古いタイプのキャラクターの顔形が違うところが面白いです。これ自体はそう珍しいものではありません。たまに見かけます。が、よく見ると全くマクドナルドのキャラクターではない人がそれもリアルな表情で立っています。誰?Dsc024361

名はジョージ・コーホン。マクドナルドカナダ、マクドナルドロシアの創始者であり、1971年から1992年までの最高経営責任者(CEO)、そしてこの2国のロナルドマクドナルドハウスチャリティーの創設者でもあります。そんな偉い人のそれもかなりリアルなトイを当時子供が欲しがったのかとても気になります。

To be continued.

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2007年3月19日 (月)

マクドナルドコレクション1

Dsc024311_1   1984年アメリカのマクドナルドで配布された”アストロスニックスⅡ”のハッピーミールトイです。このキャラクターはもともとはドイツのキャラクターで1983年”アストロスニックスⅠ”から2年間にわたり採用されました。まず1枚目の写真は一見普通のアストロスニックスです。しかし足の裏を見ると、普通は文字が浮き上がっているだけで何の着色もないのでDsc024321すが、こちらは白文字です。(2枚目参照)これはニューイングランド州で配布されたもののみに見られる特徴で、さらに普通は”M”マークが少し浮き上がっていてそこに黄色く着色しているのですが、こちらは 凹凸はなく”M”マークのペイントだけです。

そして3枚目の写真はこのアストロスニックスのミントインDsc024331パッケージです。こちらもセントルイス、ミズーリー地域の限定で1984年の3月、4月そして8月10日から9月23日まで配布されたものです。ジップロックの袋の中にアストロスニックス1体とディスプレイ用のスペースモービルロケットを購入する際に使える4ドルのディスカウントチケットが入っています。

個人的にはこういったそう珍しくなくても、地域限定やテストマーケットものが非常に好きで今後も少しづつ紹介していきたいと思います。

To be continued.

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2007年3月18日 (日)

ペニーズバーガー3

Pep1_1   ”オリジナルのTシャツは作らないのですか?””オリジナルのステッカーは?”とよく言われます。ステッカーは以前作ったことがあるのですが、あまりにも大盤振る舞いしすぎた苦い思い出が。でもここのオリジナルの何かを身につけたいと思っていただけるのは本当にうれしいことです。しかしそれがゆえに中途半端なものは作れないとある種身構えている部分がありました。オリジナルのキャラクターなんかがあればインパクトがあるなあとかは日々漠然と考えるのですが如何せんイラストを描く能力がありません。看板を作ったり、構図を考えたり、空間をいじることは得意なのですが。誰か?おっ!ということで一人の青年にお願いしました。Pep2

西村太志。今回はこのカテゴリーでの紹介ですが、彼も間違いなく彼女とともに”愉快な仲間たち”の一員です。最初はマックのハンバーグラーを集めるいちお客さんとしての登場でした。当時は幼稚園の保父さんとして来店してくれていました。いろいろ話をするようになり、彼の芯の熱さ、まっすぐさに忘れていた自分の中にある熱さを呼び起こされるそんな新鮮な気持ちで接することができました。そうこうするうちに彼から一枚の季節の挨拶をもらいます。渋い絵葉書だなと思っていたのでしたが、それは実は彼の手書きのイラストだったのです!そのセンスとバランスの良さは只者ではない、うならされる何かを感じました。その後幾度となく彼のイラストを見せてもらったのですが、そこに漂うアメリカンなテイストは常に私のアンテナを刺激し続けてきました。そんな中、彼も自身の志を貫き、幼稚園をやめイラストを生かしてのステップアップを目指し、単身東京に乗り込みBAUM ART STUDIOを主宰する傍ら、今は手刷りのTシャツ製作会社で修行中です。そんな彼に忙しい中無理は承知でお願いすることにしました。センスやフィーリングにおいては全面的に信用しているので、今更何も言うことはありません。すべて彼にまかせました。そしてついに先日出来上がったのです!今回はペニーズバーガーをイメージしキャラクターデザインしてもらったのですが、やはり完璧でした。それも3種類!Tシャツ、トレーナー、パーカー、キャップにステッカー!思いが膨らみます。Pep3

イラストがただ単にうまいということをはるかに超越し、地道に個展を開いたり、貪欲にそしてひたむきに何かを吸収しようとする彼のその姿に見習うべきものさえ感じます。これからも共に歩んで行きたい仲間です。

To be continued.

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2007年3月17日 (土)

ペップラリーと愉快な仲間たち4

よく”好きなものに囲まれて幸せですね。”と言われます。もちろん好きなことを仕事にできて、そして自分の気に入ったものの中で日々過せる。これは本当に幸せなことだと思います。しかしそれ以上にいろんな人との出会いや支えがあって今の自分が存在する。その人たちの中に自分が存在する。そのことが一番私にとって幸せなことで、それを可能にする場所がこの”ペップラリー”なのです。

もちろん生まれて今までいろんな人たちと出会ってきています。幼稚園、小学校、中学校、高校、大学そして社会人。そして今あるこの現状も私にとってひとつの通過点だと考えます。しかし銀行という全く畑違いの仕事から”ペップラリー”へ転進し約12年間。その激動と出会った人たちは恐らく多大に自分に影響を与えてくれていると思います。この人たちなくして”ペップラリー”は語れない。そんな愉快な仲間たちについても次回から少しづつ紹介していきたいと思います。(ただし、登場する順番に深い意味はありません!)

To be continued.

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2007年3月16日 (金)

ペニーズバーガー2

Cnv0005 店先にオープンカフェを作りオリジナルのメニューを考案し、少しづつですが食べに来てくれるお客さんが増えてきた去年の夏、母方の昔から可愛がってもらっていた親戚が突然来店しました。仕事に関してその辣腕ぶりは親戚の間でも有名でビシネスの香りを瞬時に嗅ぎ分け独断即決。そんな氏がメニューにあるものをすべて食べてみると言い出したのです。そして結果、このハンバーガーとホットドッグを東京で売ってみないかとのことでした。何のことだか最初は理解できなかったのですが、よくよく話を聞くと、東京・芝に自社ビルを建てその1階部分をカレー屋にするらしく、そしてその端にあるテイクアウト用の窓口をハンバーガー販売に使ったらどうだという提案でした。こちらとしては当然願ったり叶ったりです。そしてカレー屋のオープンに向け、こちらの準備も急ピッチに進めました。レシピや焼き方、トッピングの仕方をカレー屋の社員さんに伝えます。

週に2日上京し、後はカレー屋の社員さんに任せ、食材はこちらから発送、パンに関してはいずれ現地のパン屋で作ってもらうという体制でスタートしました。自分のハンバーガーが果たして東京で通用するのか。いよいよオープン。場所がらサラリーマンが多いので12時になるかならないかの頃から人が続々と溢れかえってきます。カレー屋の券売機の前にすでに10人ぐらいの列が、そしてなんと!パティを焼いている私の前にも列ができてきています!そしてこの日は結局10個ぐらいでしたが、とてもすがすがしい気持ちでした。そして日増しに20個、30個と売れるようになり、多いときには50個売れるときもありました。ただやはり週2日ではいろんなことを試したりするのには限界があり、次はというとまた来週。なかなか加速はしません。

そんな繰り返しの中、販売数は安定してきたといっても、下がることすらないですが極端にあがることもなくなってきました。ひとつの店舗でと考えるとまだまだ低いレベルです。1日100個は売りたい。そうするには、作り手による味のばらつきをなくしたり、コストを下げることやデリバリーシステムを構築しなければと思っていた矢先、いろんなマイナスのことが重なって起こり、カレー屋が閉店することになります。当然ハンバーガーコーナーも。最初はかなりショックでした。しかし結局は東京で販売できるチャンスを与えてもらい、自分の力なしで出店させてもらえたわけで、約4ヶ月間と短かったですが今はいい夢をみさせてもらったと本当に感謝しています。思い返せば大阪での販売もそこまでの構築がないまま、東京に乗り込んで行ってしまっており、原点に返ってもっと地元で足元を固めることが最優先だと痛感しています。東京で売れることはわかりました。だからこそ大阪池田発信のバーガーとしてこの”ペニーズバーガー”を育て上げ、それから東京に再度乗りこんでも遅くはないと思うのです。そして今、移動販売計画構想中です!

To be continued.

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2007年3月15日 (木)

ファーストフードトイ4

Dsc024051_1 渡米も回を重ね、ロブのところへも定期的に訪れ、それと同時にいろんなアンティークショップやアンティークモール(いろんな人がブースごとに常設されたショーケースや飾り棚で出店している大きなアンティークショップ)も駆け巡りました。例のコレクション本にチェックを怠ることなく。あくまでも本業の古着を探す合間をぬってですが、それでも着実にトイは増加していきました。

渡米時にタイミングが合えばアンティークショー(日本で言えばインテックス大阪や幕張メッセのようなところでアンティークのブースが多数出店する3日ぐらいのイベント。しかしその規模は半端ではなく大きいものになると端から端まで漏れなく見るだけで5時間は優に要するといったもの。)にもよく行きます。

ちょうどその時もカナダバンクーバーから入って南下しオレゴン州ポートランドのアンティークショーだったと思います。いつものように駆け足でブースをチェックしていると一人の夫人がマクドナルドのトイをはじめコレクタブルなものを出店しています。もうこの頃になるとかなりトイに関しても目が利くようになっていましたから、そこに並んでいるものがどれほどレアなものか一目瞭然でした。それもとても安い値段で、お世辞にもやる気があるようには思えませんでした。そしてとりあえず目に付くものを購入し、今後も取引をお願いしたいとビジネスカードをもらいます。彼女のビジネスネームは”彼のものは私のもの”何やら意味深です。深く突っ込むことなく次回の約束をし別れました。

次回渡米した時に早速彼女の家に訪れました。立派な家に立派なガレージ。何回こういう場に遭遇しても慣れることはなく、期待と少しの不安で、つきなみですが心臓が張り裂けそうに高鳴ります。むしろこれが買い付けの醍醐味です。そして家に入ると彼女ともう一人、男性が待っていました。彼女からは前のだんなさんという紹介で、名前を聞くとうつろですが聞き覚えのある名前でした。そして、はっとします。マクドナルドのコレクター本なんかでたまに名前を見かける人物でした。これからその全容をあらわすコレクションは実は彼のものだったのです!そしてガレージに案内されると!どれだけの在庫があるのか計り知れないほどのマクドナルドものが大きなガレージの中に所狭しとダンボールに入れられてあったり、上からつるされたり雑然とそこに存在していました。私は軽いめまいを感じました。それはあまりに膨大なコレクションへの感動と計り知れない在庫へのある種、怖さだったと思います。そして資金的に許す限りのピックアップをし、この時はここを後にします。

彼女宅への往訪も渡米の度に回を重ねていきました。そしてある日彼女から一本の電話がかかってきます。”コレクションを全て買い取って欲しい。”この言葉に耳を疑いました。どうしてなのか。実はよくよく話を聞いてみると、あのコレクションは彼と別れたときの慰謝料の一部だったのです。まさしく”彼のものは私のもの”だったのです!門から家の前までの道、といっても100メートル!を舗装する為にお金が必要なのだそうです。その為だけにコレクションを売るか!と思いつつ、もちろん当然買い取りたい。でも値段は、どうやって日本に?いろんな不安が瞬時に頭をよぎります。でもアメリカに欲しがっているコレクターはいっぱいいるだろうに私にまず声をかけてくれたことに応えたい。そして”How much...?””はっ?”想像していた値段よりもはるかに安い値段に耳を疑います。ただ相場的に安いといってもやはり金額だけ見ればかなりの金額です。だめもとで分割ではと言うとこれもOK。最初の心配とは裏腹にとんとん拍子に話がまとまり買い取ることが正式に決まりました。そして渡米、でかいトラックを借り切って友達にも来てもらって彼女の家に向かいます。中身を確認する時間などとてもなく、事務的に機械的にトラックに積み込みます。その数大小のダンボールあわせて150個あまり。そしてモーテルに積みおろしなんとか半日がかりで一件落着。

そして帰国しダンボールを開封するとミールトイはもちろん紙コップから紙袋、チラシ、ユニフォーム、看板、書籍その他にもマクドナルドに関するありとあらゆるものが含まれており、時間を忘れて整理するというより本当に甘美な至福の時を楽しみました。さらにそのほかのファーストフードレストランものに関しても、同時に想像を絶する量を手にすることになりました。現在でも店に飾っているものより箱にしまわれたものの方が圧倒的に多いということは言うまでもありません。

次回はそんな中から珍しいものや気に入っているものを少しづつ紹介していきたいと思います。

To be continued.

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2007年3月14日 (水)

ファーストフードトイ3

Dsc024041_1 このように渡米の度に、トイに関してはワンフォーミー、ワンフォーセールを繰り返していたのですが、いつしか店頭にも飾りきれなくなるほどになっていました。整理しなければとロブからもらった一冊の本を取り出します。”FAST FOOD TOYS”その本はまずファーストフードレストラン別に、さらに年代別、シリーズ別に網羅されており、いわゆる一般的に知られているマクドナルドのコレクション本とは違い全ファーストフードトイを把握できるといったコレクター必見のスーパーマニュアル本だったのです!

見るだけでも十分魅了される本なのですが、整理していくうちに大変なことに気付きます。ロブのところで買ってきたトイの中で、あのファーストフードのあの年代のあのシリーズのうち1つ足りない、こっちは2つ足りない。もういてもたってもいられない状態です。次の渡米の時はこのトイとこのトイと。。。もう付箋だらけ、さらにこれは持っている持っていないと知らず知らずのうちに必死に本にマーキングしていました。この本さえ知らなければ、と気付いたのはつい最近のことです。

To be continued.

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2007年3月13日 (火)

ファーストフードトイ2

Dsc024021  当初店を始めた頃は、アメリカの卸売りの業者を探し商品を向こうから送ってもらっていました。しかし商品として売れるもの(極度に汚れている、破れている物などを除く)は全体の60~70%、気に入ったものとなるとさらにその20%と、とても納得のいけるものではありませんでした。それじゃ自分で行って納得のいくものを買ってくるしかないとアメリカに出発します。

初めてのアメリカ、しかし以前に古着屋で働いたこともなく、つてもアメリカ人の友達がひとりいるだけ、あせるばかりでただ西海岸を車で走りまくります。そうこうするうち、立ち寄った一軒のクローズドセール中のアンティークショップ、そこでロブという一人のトイコレクターを紹介されます。現れたのは体中にタトゥー、スキンヘッド。一見厳つく見え少し身構えたのですが話してみると実は目の澄んだとてもやさしい青年でした。トイを見せて欲しいという唐突な要望に彼は快く自宅へ案内してくれ、ガレージを開けると!そこはきっちり陳列してあるトイも圧巻でしたが、それよりも目を見張ったのはキャラクターごとであったり、シリーズごとであったり、仕分けされたトイの詰まったダンボールの山!気が付けば、おいしいものをむさぼり食うかのごとく一心不乱に欲しいものをピックアップしていました。いやいや売るものを買って帰らなくては。とにかく自分の欲しいものも見捨てられないので売るものも意識しながらかなりのボリュームを購入しました。不思議なことにアメリカのコレクターはよほどのことがない限り、おしげもなくそのコレクションを売ってくれます。この時購入したトイの中にマクドナルド、バーガーキング、ウェンディーズ等をはじめとするファーストフードレストランで配られるいわゆるミールトイが多数含まれていたことが、後々自分の店の営業も含めすべてにおいて大きく影響するとはまだこの時点では知る由もありませんでした。

この後渡米する度にロブのところに行き、トイを購入するようになります。それと同時に帰Dsc024031_1 国してトイを持って帰る度に同じものがあれば1つだけは自分用に取っておき、後は売り物として販売するようにしました。もちろん1つしかないものは、自分用です!そうこうするうちに店にトイがみるみる溢れてくるのでした。

To be continued.

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2007年3月12日 (月)

ファーストフードトイ1

Dsc024011_1 ここペップラリーではもちろん古着が主力です。ただそれ以外の個人的に集めたというよりは集まってきた?ものが売り物なのか飾りものなのかコレクションなのか、微妙な位置づけで多数存在します。その中のひとつがファーストフードトイと呼ばれるものです。これは日本ではマクドナルドのハッピーミールトイがメジャーですが、アメリカのファーストフード店、レストラン、コンビニ、スーパーのフードコートでジャンクフードを買った時についてくるおまけのおもちゃ全般をさします。そしてこのおもちゃがいつの間にか店内に溢れています。

ここまで溢れることになった最初のきっかけは、実は日本のがらくたやさんとの出会いでした。箕面から豊中にかけて、たしかにおしゃれな店は多いのですが本家の壮大さとは程遠い通称ロマンティック街道という道があります。それ沿いに”福助堂”という名の小さな店が、自分が豊中に店を構えた頃と時同じくしてオープンしました。沖縄の米軍基地の軍人が本土に帰るときに出す粗大ごみの中からいろんなものをピックしてそこは販売していました。アメリカンでいて何かオリエンタルなノスタルジックなにおいを発する小さいながらもとても魅力ある店でした。アメリカ本土でも見かけることのない珍しいものが本当に安価で手に入れることができ当時よく覘いていました。古着と同じぐらいアメリカのキャラクタートイも普通に好きでした。しかし今から思えば、アメリカのシェル石油のコンビで配られていたワーナー、ルーニーテューンのポーキーピッグというキャラクターの小さなPVCトイに完全に心を奪われ、恐らく100円ぐらいだったと思いますが”このキャラクターを集めDsc024011_2 る!”そんな思いを強く感じました。そしてアメリカで古着を買い付けている合間に、このポーキーもの、そしてその仲間たちのルーニーテューンものを何か使命感に似た思いで探し、そして買い集めるのにそう時間はかかりませんでした。

To be continued.

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2007年3月11日 (日)

ペニーズバーガー1

Dsc023811 店内奥の”プリティペニーズ レインシティ カフェ”は当初、豊中の店舗でのお客さんだった通称Qちゃんという女の子に任せていました。名前は笹野知美。みんなからは”さっさん”と呼ばれていたのですが、なぜQちゃんかというと、オバケのQ太郎のように発達した唇をしていたので。私が考案しました!彼女は当時ホテルニューオータニのパテシエで、ここの移転と同時期にそこを退職しカフェバーで働こうとしていました。それなら奥をカフェにしたいのでということで来てもらうことになり、カフェの営業一切を託すことになったのですが2年ほどでやめてしまいます。

さてここをどう利用しようか。彼女は夜遅くまでの営業というよりはランチとスウィートを中心にしていたのでカフェ内も明るい感じでした。ここはひとつ自分がカウンターに立つ以上スピフィーなバーに仕上げたい。そう思い現在のバーを作り上げました。営業時間も週末金・土曜日だけですが夜中1時までとし新”プリティペニーズ レインシティ カフェ”がスタートします。

そうなるといろんな欲がでてきます。加えてお客さんの要望も多様化します。季節がかわり暖かくなると入口をオープンカフェにしたいとか、オリジナルフードを作りたいとか。そうなってくるといてもたってもいられない性格で、一度には難しいですが少しずつ実現に向け改造に着手していきます。

まずは入口のスロープに客席が置けるよう木材を買って来てウッドデッキを組み上げるところからはじめました。ありがたいなあと思うのは、何か動き出そうとする時いつも、これからおって登場する愉快な仲間たち(もともとはお客さんです。)が助けに来てくれることです。移転の時も一切業者に頼むことなく、みんなが車を出してくれて夜中まで手伝ってくれました。彼らには本当に日々感謝しています。このウッドデッキを組み上げる時も、後日2基目を作り上げる時も通称たかぼー、石田誉之と通称かずくん、中村和寛が駆けつけてくれました。

そしてオリジナルフード。古着の買い付けでアメリカに行きます。そして当然大好きなハンバーガー、ホットドッグを食べます。その店その店でオリジナルがあり、その店独自のパティ、ソーセージ、焼き方、ソース、ピクルスや野菜のトッピング、飽きることはありません。(このアメリカのファーストフード、ジャンクフードについてはまたおって書いていきたいと思っています。)是非オリジナルを作りたい。かなり試行錯誤を繰り返し、思い悩んだ挙句、ひとつの結論に達します。”自分の一番食べたいものを作ればいいんだ。”と。ふわっとジューシーなパティ、フレッシュトマトにレタス、タルタルソースにすっぱいだけではなくほんのり甘いピクルスそしてオニオンリング!これらのトッピングを1つたりともこぼさないようにバンズはパーカー(シェル形の端がくっついているタイプ)!こんがりやいた大きなソーセージにBBQソース!つぎつぎに構想が飛び出してきます。そしてアメリカでのニックネームである”ペニー”をとり、まず”ペニーズバーガー”が完成します。(このハンバーガに関しては”究極のハンバーガーを作ろう!in関西”というブログで紹介していただきました。)そしてつぎつぎにBBQホットドッグ、クリスピーチキンサンド、メキシカンスパイシーライス等オリジナルメニューを作り、営業時間も火曜日の定休日を除き毎日夜中1時までとしました。

To be continued.

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2007年3月10日 (土)

ペップラリーと愉快な仲間たち3

Cnv0006_1 ペップラリーは何屋なのか?もともとはアメリカの古着からの出発でした。豊中に店を構えた頃は20坪程度、いわゆる古着屋からのスタートでした。そして集めていたファーストフードトイや子供服のヴィンテージが増えはじめ、もう少し広い店舗に移転したいと思うようになりました。そして現在の池田のこの店舗と出会います。閑静な住宅街にあって、半地下で、広さは70坪、隠れ家っぽく、さらに家賃も豊中と一緒、もう移転するしかないでしょうみたいなのりでの即決でした。物件の中に入ったとたん、ここに古着をこう置いて、おもちゃはここに並べて、奥はカフェにしてとイメージが瞬時に広がりました。現在そのイメージがほぼそのまま店内で実現されています。入口にオープンカフェ、少しスロープがあって古着とおもちゃのコーナー、そして一番奥がカフェ”プリティペニーズレインシティカフェ”。大工である義父の手作りの総延長約7メートルのカウンターは自分で言うのも何ですがいつ見ても惚れ惚れします。他にもこのカフェにはギミックがあって、その奥はシアタールーム、そして外の別の階段を下るとここに繋がっているといった、とても面白い造りになっています。ですので結局はっきりいって何屋とは断定できません。子供たちの遊べるスペースも作りました。すべてを含めて家族でゆっくりアメリカを感じてもらえたらなと思います。

思い起こせばまだそんなに古着がメジャーではない中学生の頃、訳もなく三宮から元町の高架下をぶらついていました。あのあたりの独特な雰囲気というかにおいが好きで、折りしもポパイやホットドッグプレスがちょうど創刊され、テレビではアメリカのカーテューンが放送されており、自分の中に異国の文化、特にアメリカに対する憧れが急速に膨れ上がってきた時期でした。そして安くて一番身近なアメリカ、それが古着でした。独特な色合い、可愛いキャラクター、クールな企業もの、たとえ買えなくても見ているだけでワクワクしました。当時ただ漠然とですが、ずっとこれらのものと関わっていきたい。そう強く思った気持ちは一般企業に就職した後も片時も離れることはなく、最終的に今ある自分へと大きく動かすことになりました。

To be continued.

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2007年3月 9日 (金)

ペップラリーと愉快な仲間たち2

Dsc023801_1 PEPRALLY(ペップラリー):一般的にアメリカの高校生なんかのスポーツ競技大会における壮行会、応援合戦。PEPは精神・魂、RALLYはぶつかり合い。

大学生の時に母校である関西学院中学部のサッカー部のコーチをしていました。他のクラブも大学生がコーチをしており、歴代そのコーチ達と近隣の女子大学生が集まってサークルを作り、毎年お客さんを募りスキーツアーを企画し運営していました。私も1回生の時からスタッフとして参加していました。その名も”アムール(愛)”!

2年、3年とスタッフとして参加し、いよいよ引継ぎも終わり私がチーフとして就任することになりました。しかしその”アムール”という名前と度の過ぎたアットホームさがどうしても嫌で、新しい名前と新しい体制で始めたかったのですが、歴代のスタッフ達からの猛反発。伝統やなんやであわや大乱闘、大激論の挙句、なんとか新体制を作ることができました。しかし当然名前を決めなければなりません。いざこういう名前を決めるとなるとなかなか難しいもので時間ばかりが過ぎていきます。そしてやっと決まった名前がこの”ペップラリー”です。ですので思い入れもひとしお。将来社会に出て何か立ち上げる時にも必ずこの名前を使うぞ!と心に誓い、そして今に至ります。

To be continued.

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2007年3月 8日 (木)

ペップラリーと愉快な仲間たち1

Dsc023781 1995年5月豊中市待兼山にオープンし、2001年5月に池田市渋谷に移転しました。未だに”何屋さん?””入りにくい!”と言われながら今年で12周年を迎えます。アメリカンペップなものを追求しいろんなものと出会い、そしてたくさんの愉快な仲間たちと出会ってきました。ここで知り合い結婚したカップルが2組あります。たくさんの結婚式に招待されます。12年間続けてきて良かったと思う瞬間です。

ここには子供から大人まで、レギュラーからヴィンテージにいたるまでの古着、たくさんのおもちゃ、アンティーク、そしてカフェがあります。そして最近ではペニーズバーガーなるハンバーガー、ホットドッグ等のジャンクフードも店先で販売しています。本当に”何屋?”みたいな感じになっています。でもやはりそんな中でもアメリカンペップなもの、スピフィーなものを今後も追求していこうと思います。

12周年を目前にブログを始めるにあたって、我が愛すべき家族とこのペップラリーを含め、コレクタブルなものたち、そして愉快な仲間たちを日々紹介できたらなと思います。そしてさらにもっと多くの愉快な仲間たちを増やしていけたらなと思います。

To be continued.

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